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2006年3月31日

Winnyに関する議論が噛み合わない5つの理由

情報非公開があだ?--トレンドマイクロもWinnyの餌食に - CNET Japanを読んで。

 安部官房長官の「Winny使わないで」宣言以降、Winny問題は収束するどころかますます盛り上がりを見せていますね。

 セキュリティソフト会社にWinny特需がみたいな話があるかと思ったら、アンチウィルスソフトのトレンドマイクロ自体がWinnyウィルスで情報漏えいしていたという話がでてきたり、JASDAQもだったという話がでてきたり、ぷららのWinny全規制に続いてNiftyもWinnyの規制を発表したりと、ここ数ヶ月Winny関連の記事は増える一方です。

 もちろん、今発表されている情報漏えいは過去のものなので問題は収束しているという説もあるんですが、なぜ、これだけ大勢の人が問題だと思っているのに、開発者逮捕から2年も経過して一向にWinnyをめぐる議論は収束の気配を見せないのでしょうか。
 個人的には、Winny問題が実に複数の議論軸を抱えてしまっている点が、大きな原因になっていると思っています。


 Winnyが日本に投げかけている問題は、整理してみると下記のように5つもあります。


1.著作権問題
 インターネットの普及と、コンテンツのデジタル化によって、無料での大量コピーが容易になってしまったというのが本質的な問題。
 Winnyは、ファイルの自動キャッシュや匿名性の担保により、利用者が非常に手軽にコピーを入手する手段を提供しており、著作権をコアにしたビジネスを行っている人にとっては大問題。

2.インターネットただ乗り問題
 インターネットの利用において、現在は利用者があまり利用しないということが前提の定額料金制が基本になっており、実質どれだけ利用しても最低料金のままで、使ったもの勝ちの状態というのが本質的な問題。
 Winnyによって、利用者はブロードバンド回線さえあれば、無料で好きなだけ動画ファイルを入手することができてしまう。そのためにISPはバックボーンを圧迫されてビジネス的にも大問題。

3.ウィルス問題
 人気のあるプラットフォームにおいては、そのプラットフォームを利用する悪質なウィルスが登場するというのが、本質的な問題。
 Winnyが人気を集めたことで、Winnyはウィルス開発者のターゲットとなりやすくなり、しかも、ファイルが自動的にコピーされていくという性質とあいまって、ウィルスの効果が増幅されやすい。しかも話題になれば模倣犯も増えて、Winny利用者にとっては問題。

4.情報漏えい問題
 情報のデジタル化によって、情報が紙時代よりも手軽にコピー、流出しやすくなっているというのが、本質的な問題。
 ファイルをコピーするというソフトウェアであるWinnyにウィルスが流行してしまったことで、従業員が意識していなくても情報が漏洩しやすくなってしまったということで、システム管理者にとっては大問題。

5.ソフトウェア開発の責任問題 
 インターネットにより、個人でも大勢の人に利用される影響力の高いソフトウェアを手軽に提供することが可能になっているというのが、本質的な問題。
 Winnyも、P2P技術を活用することで、ほとんど開発者がコストをかけずに利用者がファイル交換をできる仕組みを構築できてしまった。もちろんソフトウェアを開発したこと自体が問題なわけではないと思いますが、それで罪を問われてしまう可能性があるのであれば、開発者としては大問題。


 まぁ、これだけ議論の軸があるんですから、Winny関連のメディアの報道や議論のポイントが拡散するのも良く分かりますね。
 ある人が情報漏えいは自己責任だといえば、ある人は会社のパソコンを使うのが馬鹿だといい、ある人はコピー目的に使う人が悪いという話になれば、ある人はウィルス作者が悪いといい、ある人はメディアの報道が悪いといえば、ある人はソフトウェアとしては価値があるという感じで、議論が噛み合うわけがありません。


 そもそも世界中のファイル交換ソフトが巻き起こした議論は、1の著作権問題ですが、ただこれだけの問題だったら、NapsterやGroksterのように事業者に対して訴訟をして事業を停止させれば良い話。
 実際、日本でもファイルローグは訴訟によりサービス停止に追い込まれています。

 また2のトラフィックの問題は、そもそもはISP側のビジネスモデルの問題です。
 結局、Gyaoが人気が出て「ただ乗り問題」が話題になってしまったように、現在のバックボーン側のISPのビジネスモデルは、結局動画のような大容量コンテンツが頻繁に利用されると破綻するというのが現状。
 まぁ、今回のぷららやNiftyのように制限をするというのが無難な対応に思われます。

 3のウィルスの問題は、4の情報漏えい問題とセットになっている点が、問題を複雑にしていますが、普通に考えれば利用者の自己責任の問題です。
 本来は、ウィルスの対象になっているソフトウェア自体を改善するとか、利用者が勉強してウィルスらしいファイルは開かないとか、利用者が仕事と私用のPCは分けるとか、そういう防衛策をしくのが当然の流れでしょう。

 
 そうやって、一つ一つの問題を個別に見ると、それぞれに対する対応策は明確になるはずなのですが、Winnyの場合には全てが同時に発生しているのが最大の問題です。


 そもそも、最初は1の著作権問題が最大の問題だったはずです。
 Winny開発者が企業であれば、コンテンツ企業からの訴訟という形でGroksterと同じような民事の法廷闘争になったはずです。
 ところが、Winnyが匿名の開発者によるソフトウェアだったため、民事の法廷闘争の道が閉ざされます。

 そこで、警察が登場することになり、著作権法違反幇助という罪で開発者の金子氏が逮捕される形になり、5の開発者の責任問題が急浮上するわけですが、結果的にはここで問題は終わりませんでした。 


 当然、開発者の金子氏が逮捕される形になって、問題が一段落することを期待する人は多かったはずです。
 なにしろコンテンツ事業者も、ISPも、システム管理者も、警察も、Winny利用者以外の誰もがWinnyの利用者が減ることを望んでいたはずで。

 ただ、結局、開発者の逮捕にもかかわらず、Winnyの利用者が思ったよりも減らないという結果になります。


 本来であれば、開発者が逮捕されたソフトウェアを、利用者が使い続けるのは実に不思議な話です。
 海外の事例では、大抵訴訟に負けた事業者のファイル交換サービスは、サービスを停止されるなり、人気を失うなりして失速しています。
 ところが、Winnyはピュア型のP2Pのサービスのため、サービスが止められないという要素も影響し、開発者の逮捕後も利用者は思ったより減りませんでした。
(一部のデータでは、その後増えたというデータもあったようです)

 利用者が減らなかった理由がなぜなのか、本当のところは良く分かりませんが、Winnyによる情報漏えい事件があいつぎメディアで報道されたために、野次馬的にWinnyを利用する人が増えたという説もあります。
 日本の法律では、ファイルを不特定多数へのコピー目的でアップロードするのは違法だけどダウンロードは合法というグレーな線引きが、利用者の違法コピーに対する問題意識をあいまいにしてしまったのではないかという説もあります。
(ちなみにフランスでは、アップロードもダウンロードも違法で罰金がかかるようです)


 ソフトウェアの開発が停止しているのに、利用者が減らないなんて、改善を止めたらお客さんがすぐに離れてしまう世界で生きている人間からするとウラヤマシイ話ですが、結局、その利用者が減らなかった事実がWinny問題にややこしさを増すことになります。
 
 利用者が減らないために、あいもかわらずISPはWinnyによるトラフィックに苦しみ、ウィルス開発者はWinnyをターゲットにしたウィルスを開発し、それによって情報漏えい事件が引き起こされ、それがメディアで報道され、野次馬がまたWinnyの利用者になる。
 そんな余計な問題を誘発したスパイラルが続くことになってしまったわけですから、実に皮肉なことです。


 ちなみに個人的には、Winnyの利用者が減らなかったのは、他に類似のサービスがあまり生まれなかったのも、結構要因として大きいのではないかと思っています。
 もちろん、海外のサービスを含めWinny以外のファイル交換サービスというのは多々あるんですが、やはり日本では日本語のサービスでないと流行りません。

 ところが、Winnyの際に「開発者自身が逮捕される」という開発者のリスクに注目が集まったために、日本ではその後ファイル交換サービス系の開発は一気に影を潜めるようになった印象が強くあります。
 海外には山のように類似サービスがあり、人気の流行り廃りがあるのに、未だに日本では2年前に開発が止まったWinnyが注目されてるわけです。


 あえて誤解を恐れずに、穿った見方をすると。
 Winnyによる著作権問題を何とか沈静化させようと、開発者の逮捕に踏み切ったことが、結果的に類似日本語サービスの登場を阻み、それによってWinny自体を生き延びさせることになり、改善の止まったWinnyをインフラとしたWinnyウィルスによる情報漏えい事件が社会問題化するようになってしまった可能性があるわけです。
 
 どうも最初の開発者逮捕という打ち手が、結果的にみると大きく裏目に出てしまったように感じてしまうのは、私だけでしょうか・・・
 (もちろん、今になってそんなことを言っていても意味は無いんですが)


 まぁ、安部官房長官の記者会見以降、一説によるとWinnyのトラフィックが3割とかいうレベルで減ったという噂もあるようですし、セキュリティソフト各社はいろんな対策は打ち出してきてますし、金子さん自身もオズテックという新しいファイル交換ソフトの開発に携わっていることを発表したりといろいろあるようですから、これで少しは問題解消に進展があるのかもしれませんが。

 ダラダラ書いていたら、ちょっとあまりに長くなってしまったので、続きはまたの機会にしたいと思います。

2006年3月30日

ブログは居酒屋コミュニケーションみたいなもの

 良くブログを書いたことが無い人と話をすると、「私は文章力が無いからブログなんて書けない」とかって話になることがある。

 多分、ブログに書くのを、ニュースサイトの記事とか本を書くとかいうのと同じと思うとそういう話になりやすいのかもしれない。
 でも、個人的には、実は普通のブログ書くのに、いわゆるおおげさな「文章力」なんて必要ないんじゃないかと思う。


 ちなみに、最初に断わっておくと、私はブログは「コミュニケーションのツール」だと思っている。
 
 もちろん、昔書いたみたいに、あくまでブログ自体は自分のメモぐらいの感覚で書いているわけだけど、その書き方のスタイルは実はメールとか、雑談に近い。

 要は自分の興味のあるニュースや出来事に対する感想を、書いて自分の考えを整理したり、記録したりする目的で書いているわけで、そもそも、独り言みたいなもの。
 でも、ひょっとしたら誰かが読んでくれるかもしれないわけだから、どちらかというと独り言だけど誰かに話しかけてる感じに近い。

 例えば、会社の同僚と居酒屋に飲みに行って、今日の日経新聞やYahooトピックに出ていた話題について話をする。そんな感じのノリだ。

 
 確かに、ニュースサイトや雑誌に記事を書いたり、本を書いたりって言う経験は、それほど多くの人がするわけじゃないから、「文章力」とかっていうと何だかおおげさな感じがするんだと思うけど。

 別に誰でもメールは毎日書いてるだろうし、飲みに行ったら会話もするはず。
 文字のコミュニケーションと思えば、誰でもが自分なりのスタイルでやっているはずで、全然特殊技能じゃない。

 ブログに書くのなんて、そんな感じで肩の力を抜いて書けば良いんだと思う。 


 なにしろ、同僚と居酒屋に飲みに行ったところで、自分の話自体を聞いてもらえるのなんて長くても正味1~2時間ぐらいだし、話を聞いてくれる人も数人が良いところ。

 それがブログなら時間は無制限だし、ひょっとしたら多くの人が話を聞いてくれるかもしれないし。
 もちろん誰も読んでくれないかもしれないけれど、メールのようにスパム扱いされることも無いわけで。
 結構お得なコミュニケーションツールだと思ったりするわけです。


 まぁ、そう思うと自分がブログを一生懸命書いているのは、転職して同期との飲み会とかがめっきり少なくなって、会話ができないストレスが溜まっているからかもと思ってしまったり。

2006年3月29日

ウェブ進化論は教科書としてではなく、議論の素材として読むべきだと思う

RTCVol.10 『ウェブ進化論』 後録 | 近江商人 JINBLOGを読んで。

 先日のウェブ進化論をテーマにしたRTCカンファレンスのまとめで、上原さんが「「不完全さ」が事後の議論を起こしやすくして、結果「群集の叡智」が集まりやすくなっているのだなぁ」とまとめていますが、個人的にもいろいろ共感するところがあります。
 

 先日、「ウェブ進化論自身が、ネットとマスメディアの融合の成功事例?」というタイトルで、ウェブ進化論の成功自体がブログマーケティングの見本みたいな話をちょっと煽り気味に書きましたが。
 じゃあ誰でも手法を真似すれば、同じように書籍を大ヒットさせることができるかというと、もちろんそういう話ではありません。

 今回のウェブ進化論の大ヒットは、梅田さんが日本のブログ界のファシリテーター的な役割を担っていたからこそですし、個人的には「梅田望夫メソッド」とでも呼ぶべき、梅田さん独特の議題設定能力が大きいと思っていたりします。


 そもそも、私がビジネスの時事的な話を綴るブログを始めたのは、CNETで連載されていた梅田さんに影響されたのが一つのきっかけです。(そんなわけで、CNET主催の梅田さんセミナーに参加したり、FPNで梅田さんとの座談会を企画してみたりと、まぁ追っかけに近いポジションだったりするわけですが。)
 個人的に梅田さんが凄いと思うのは、自分のブログを通じた発信もさることながら、その発信したものが実に頻繁にブログ界で話題に、しかも「議論」になること。

 読者が多いブログだから、当然と言えば当然なわけですが、梅田さんを中心に発生した議論は、キーワードが残るのが一つ特徴だと思います。
 
 
 ここで、勝手に(本人にも無断で)、「梅田望夫メソッド」を定義してしまうとこんな感じ。

・ばーーーーっさりと、個人や企業を二つのグループに分ける。
・それぞれのグループにわかりやすいタイトルをつける。
・議論を皆に振る。

 例えば
 「PC世代」と「ネット世代」
 「こちら側」と「あちら側」
 「エスタブリッシュメントな層」と「若い人たち」とか。


 こんな感じで、ばっさり切られると、大抵の人は自分がどっち側なのかを考え、自分がどっちなのかで一喜一憂します。自分のサイドがポジティブだと思えば喜び、自分のサイドがネガティブだと思えば不安を口にし、自分なりの考えがある人は梅田さんにトラックバックで議論を挑みます。

 また、切られた線上や中間にいる人たちは「そんな二つで分類なんて単純に出来ない!」と怒る人も発生します。ある人は議題設定自体に問題提起をしたり、時には梅田さんがいかに分かっていないかというのを、とうとうと書いていたりするわけですが。

 そういう光景を見ながら、梅田さんは、議論自体に勝とうとしているわけではなく、議論自体を楽しんでいるんだなーと思うときが良くあります。


 私なんかは、普通どうしても、ブログに意見を書いてそれを他の人に否定されると、その否定自体が人格否定みたいな気がして、落ち込んだりしてしまうものですが。  
 梅田さんは、時に嬉々として反論に応えていたりするわけです。

 まぁ、考えてみたら上の手法ってディベートの手法に似てますよね。
 二つのサイドを決めて、自分がどちらかのサイドを取って議論をする。

 良く考えたら、ブログで反論されること自体、今後の自分のための知恵の一つになっているわけで、まさにブログでの議論は、不特定多数の人を相手にディベートを行っているようなもの。
 議題設定を行った梅田さんからすると、賛成も賞賛も反論も批判記事も、すべて議論を誘発することで生まれた「群集の叡智」なわけで、自分が提示した理論を議論を通じて更に強化されている感覚なのかもしれません。

 ケースバイケースで話をしたら、そんな世代論とか二元論にすべてが当てはまらないのはある意味当たり前なんですが、梅田さんはそこをあえて、ばーーーっさりと二つに切ってしまうことで、議論をしやすくしているような感じすら受けます。

 
 そういう意味で、あらためて「ウェブ進化論」を振り返ると、やっぱりこの本は上原さんが書いているように「「不完全さ」が事後の議論を起こしやすくして、結果「群集の叡智」が集まりやすくなっている」ようなブログ的な本なんですよね。

 ついつい書籍という形になっていると、何かを教えてくれる「教科書」として読んで、何となく分かったような気分になって終わりにすることになってしまいそうですが、この本はそこで終わったら実にもったいない気がします。

 組織単位でまとめ買いをする会社も増えているそうですが、せっかくそうやって組織全員で読むのであれば、その組織の中で議論をしたり、感想を交換したりして欲しいですし、是非自分のブログを始めてみるとか、ソーシャルブックマークサービスを使ってみて不特定多数無限大の世界とか群集の英知とかを体感してみるとか、そういう何かのきっかけにする本なのかなーと思います。


 というわけで、とりあえず自分はウェブ進化論をきっかけに、もう少し他の人の批判にひるまずに議論を楽しめるようになるように、自分なりの結論をちゃんとブログで書いていくようにしたいと思う今日この頃です。

2006年3月28日

明日は誰のものか (クレイトン・クリステンセン)

明日は誰のものか イノベーションの最終解 イノベーションのジレンマで有名なクレイトン・クリステンセン氏の最新刊です。(とはいえ、もう発売されてからかなり経っているのですが)
 会社の人に借りた時の読書メモを投稿するのを忘れてましたので、今更ながら投稿です。

 今回の「明日は誰のものか」は、イノベーションのジレンマやイノベーションへの解に比べると、比較的引いた視点のように感じます。
 最初にイノベーションのジレンマを読んだときのような衝撃は当然望むべくも無いのですが、何となく1冊目2冊目を読んでもしっくり来なかった方に逆にお勧めかもしれません。
 いろんな産業の事例が並んでいて、どれかはきっとヒットするはずです。

 個人的には通信産業の事例がたくさんあったので、あらためて分かりやすく理解することが出来ました。

 最近、インターネットの普及を背景に、超低価格なイノベーションが次々に出てきている感覚がありますが、はたしてこれらは、破壊的なイノベーションとなって既存産業の市場をひっくり返していくのかどうか、そのときの産業のあり方とは、国はどうするべきなのか、と改めていろいろ考えさせられる一冊です。

【読書メモ】

■将来を見通す最上の方法は、理論のレンズを通して観察を続けること
「大量の無意味な雑音の中から、本物の信号を取り出すという作業はまさに骨の折れる難題だ。理論こそが、こうした雑音を遮断し信号を増幅するための力になってくれる」

・投資銀行アナリスト
「過去は未来のよき予言者だ」
 過去の歴史的なデータをかき集め、トレンドを判断し、予測をする。

・経営コンサルタント
「優等生の企業がとった行動をそのまま踏襲すれば成功が約束される」
 ベストプラクティスを特定し、成功のカギになっているかという理由を証明する。

■産業の変化を予見するためのプロセス
1.変化のシグナル
 誰かが変化を起こせるチャンスにつけ込もうとしている、という兆候が存在するか?

2.競争のための戦い
 業界の競合企業同士の熾烈な戦いはどんな結末になる可能性が高いのか?

3.戦略的な判断
 企業は成功の可能性を究極にまで拡大するような意思決定をし続けているのか?


■変化のシグナルの柱となる3つの顧客グループ
1.非消費者
 製品を一切消費していない顧客、あるいは不便な環境の中で何とか消費している顧客
 「ある製品を、自分の持てる技量や財政事情のままでは、購入あるいは利用できない人たち」
 →新たなマーケットの破壊的なイノベーション

2.満足度不足の顧客
 満足度不足の状態で消費している顧客
 「ある製品を消費しているものの、その性能の限界に満足していない消費。自分にとって重要な側面での性能向上に喜んで金を払う」
 →生き残りの、金持ちマーケットのイノベーション

3.満足度過剰の顧客
 満足度過剰の状態で消費している顧客
 「かつてプレミア価格の立派な理由になっていた性能面での進歩に対して金を支払わなくなった消費者」
 →ローエンドの破壊のイノベーション
 →新しいイノベーション
 →必要な技量の下方への移行

■進歩発展を明らかにするのに役立つ重要な設問
・業界が抱えている顧客はどんなことを成し遂げようとして苦労しているのか。
 顧客は、製品の恩恵を受けていないのか、満足度不足なのか、満足度過剰なのか。
 企業はどのような側面を重視して競争をしているのか

・過去、どんな進歩のおかげでプレミアム価格がつけられたのか

・統合的なあるいは専門的なビジネスモデルが今でも幅を利かせているのか。
 インターフェースは具体的か、検証可能か、予測可能か。
 どこでモジュール化が進行しているのか。

・新たなビジネスモデルが出現しているのはどこか。
 周辺のマーケットでは成長が認められるのか。

・政府あるいはその規制当局は、イノベーションを奨励したり、あるいは抑制したりするために、どんな役割を演じるのか。

■競争の実体の把握方法
・経営資源  :企業が自由に使えるもの (有形資産、無形資産)
・業務プロセス:事業経営の方法(技量) (企業が解決してきた問題、一般的なプロセス)
・価値感   :優先順位の決定(意欲) (ビジネスモデル、投資に対する決断の履歴)

■破壊的な参入企業のプロセス
第一ステップ
 参入企業は不均等な意欲の盾に隠れて参入する。初期の既存企業の反応は結局、無理な押し込みになってしまう。

第二ステップ
 参入企業は成長し発展する。既存企業は逃避を選択する。

第三ステップ
 参入企業は不均等のスキルの矛を利用する。


■競争のための戦いを分析するときに重要な質問
・業界各社のビジネスモデル、意欲、スキルはどんなものか
・業界各社はお互いにどんな比較をしているのか。均等、不均等が認められるところはどこか。
・不均等が有利に傾くのは攻めての側か、既存企業の側か
・イノベーションは狙ったマーケットに上手く当てはまるのか。
・既存企業がローエンドのマーケットを明け渡し、上のマーケットに移行しようとしている兆候が見られるか

■破壊的な企業の経営者が経験しておくべきこと
・不確実性の程度が高い環境で経営をした。
・一見手に入りそうにもない知識を発掘した。
・全く思いがけない顧客を見つけ出した。
・細かなデータの執着せず、理論と直感に頼って賭けに出た。
・たいした金を賭けることなく、さまざまな問題を臨機応変に解決した。
・何もないところから経営チームをつくりあげた。
・するべき仕事をすばやく仕上げるために、他のプロセスを強化したり操作してきた経験を示した。


■戦略的な意思決定をするとき提起すべき重要な質問
・企業は適切な戦略の構築が必要な状況におかれているか。企業は力を内部で養成できるのか。経営者は正面から取り組んできたのか。学習する能力を発揮してきたか。
・投資家の価値感は企業が求めていることと整合性が取れているか。
・バリューネットワークが重なり合っていないか。
・スピンアウトに適した状況か。必要なことを実行する自由を与えられているか。


■破壊の歯車を活性化している6つの要因
1.才能人間を求めるマーケット
2.資本のマーケット
3.規制のない製品のマーケット
4.整備されたインフラストラクチャ
5.活気に満ちた業界の力学
6.研究開発環境


■破壊のイノベーションに関する教訓
1.破壊はあるプロセスであって、結果ではない
2.破壊は相対的な現象。ある企業にとっては破壊的なことが、他の企業にとっては生き残りに役立つこともある。
3.今までとは違っているテクノロジーが、そのまま破壊的だということはない。
4.破壊のイノベーションがハイテクのマーケットに限定されているわけではない。破壊はどんな製品やサービスのマーケットでも起こりえるし、国家経済間の競争を説明するのにも役立つ。


【目次】

変化を予測する
第1部 分析のために理論をどのように用いるか(変化のシグナル―ビジネスチャンスはどこにあるのか
競争のための戦い―競争相手の実力を見きわめる方法
戦略的な判断―どれが重要な判断なのかを見きわめる ほか)
第2部 理論に基づいた分析の実目(破壊的な卒業証書―教育の未来
破壊がその翼を広げる―航空の未来
ムーアの法則はいずこに―半導体の未来 ほか)
結論 次は、何か
主な概念のまとめ


明日は誰のものか イノベーションの最終解明日は誰のものか イノベーションの最終解
クレイトン・M・クリステンセン スコット・D・アンソニー エリック・A・ロス


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2006年3月24日

匿名ブログも実名ブログも、リスクはそれほど変わらない

 前回の「今からブログを始める人には当然匿名ブログを進めます」という記事で、最初は匿名ブログで始めるべきだと書いたが、勘違いして欲しくないのは「匿名ブログなら何でもあり」だというわけではないという点だ。

 ちなみに、前回の記事には、Danさん、たつをさん、JDさん、たださんと、錚々たるメンバーからトラックバック(突っ込み?)を頂いてしまった。
 匿名・実名論ってのは議論し尽くされているようでも、やっぱり話題になりやすいのかなーと思う。
 とはいえ、一応このブログのススメコーナー(?)は、あくまでブログ初心者のビジネスパーソンの方をターゲットにしているので、もう一度その前提で会社員にとっての実名ブログと匿名ブログについてまとめると。


 そもそも、実名ブログのリスクとは、実名をさらすだけで発生するものではない。
 例えばブログのプロフィール欄に自分の実名を書いたところで、その名前と本人が読み手の中で結びつかなければ、プロフィール欄の名前はただのペンネームに過ぎないわけで。

 ただ、その「名前」が、例えば「会社名」と結びつくと話は大きく変わってくる。
 例えば「田中さん」がブログでNTT批判を展開するのと、「NTTドコモの田中さん」がブログでNTT批判を展開するのでは、受け取る人の印象は全く変わる。(例が適切かどうかは分かりませんが) 

 個人で発言している限りは、発言についても自己責任のはずだが、会社員の場合はどうしてもすべてがそれでは収まらない。
 特に大企業の場合、例えばその批判記事を取引先が読んだ場合、広報担当が読んだ場合、上司が読んだ場合、いずれにしたって何らかのリアクションが発生してしまうはずだ。
 企業や組織の肩書きを明示してネット上に意見を公開している以上、本人が個人的意見だと主張しても、誰かが組織や企業の意見として受け取ってしまったり、受け取られる可能性があると判断した場合、その発言が企業や組織の問題に変わってしまう。

 だから当然そのリスクを許容できない企業は、ブログ禁止を打ち出すだろうし、まだ態度を決めていない企業においても、自社の従業員の非公認の発言という行為自体を禁止しようという方向になってしまうのは、ある程度仕方が無いと思う。


 もちろん、企業や組織公認でブログを書けるなら、それに越したことはないんだけど、まだまだそういう会社は少ないと思うので、だから、とりあえずブログを始めるときにはできるだけ自分を企業や組織とひもづける情報については隠しておいた方が安全。
 なので、当然初めてブログを始める人に薦めるのは匿名ブログになる。


 ただ、勘違いしないで欲しいのは、匿名ブログとはいっても、その「ペンネームは誰か」ということを特定されてしまったら、結局実名ブログと同じになるという点だ。
 いや、もし、ばれないと思って書いていたとしたら、そのリスクは実名ブログよりも下手をしたら大きいかもしれない。

 ブログ自体を匿名で書いていたとしても、例えば友達だけにブログを教えていたりとか、異業種交流会で会った相手にはブログを見せていたりとかすると、自分で会社の人に黙っていたところで、どこかしらで話が伝わっていくものだ。
 何だかんだいって狭い日本。
 匿名ブログのあなたを知っている人と、会社員のあなたを知っている人がいつかどこかであなたの話題になる、なんてのは実はそれほど珍しい話じゃない。

 だから、匿名ブログを書いていたとしても、ある程度「いつかばれるのが前提」ぐらいの感覚で書く方が安全だと思う。
 (この辺の話は、たださんの「匿名は、維持されなければ意味がない」が参考になります)


 そういう意味では、前回の結論と矛盾しているように思えるかもしれないが、実は実名ブログと匿名ブログのリスクはそれほど変わらないのでは、というのが個人的な結論だったりする。

 なので、もしあなたが自分の上司を説得できて、広報担当が特に目くじらをたてない職場にいるのであれば、上手く根回ししてブログを書くことを公認にしてもらえるようにするのがやっぱりベスト。
 それが難しいなら、とりあえずは実名を公開している感覚をもちつつ、匿名でブログを書くというのが、普通の会社員にはお勧めかなーと思います。


 なんだかちょっとネガティブな話が中心になってきて、「そこまでしてブログを書く意味なんて本当にあるの?」とかいわれそうな感じになってしまったので、そろそろ次回はポジティブな話にしたいと思います、ハイ。

2006年3月23日

ウェブ進化論自身が、ネットとマスメディアの融合の成功事例?

『ウェブ進化論』は何故キャズムを越えたのか? | 実践!Webマーケティング:Blog | ミツエーリンクスを読んで。

 ウェブ進化論が凄い勢いで売れているようですね。
 なにしろ、「発売から4週間で六刷。累計15万部突破」というんだから凄いです。


 ビジネス書で、しかもネット関係の本でこれだけ短期間に売れるというのは、間違いなく初でしょうね。
  
 冒頭に紹介したミツエーリンクスさんのブログで、ウェブ進化論の評判が伝播していく様子が分析されていますが、正直、自分がウェブ進化論の出版記念イベントにパネラーとして参加させてもらったのが遠い昔の出来事のように感じてしまうほどです。

 昨日、RTCカンファレンスでウェブ進化論についての議論を聞いてきたこともあり、kwmrさんに書けばといわれたこともあり、もう裏話を暴露しても良い頃だと思うので、自分なりにウェブ進化論の歴史(?)を振り返ってみたいと思います。

 
 私が梅田さんの出版記念イベントについて最初に聞いたのは、確か去年の12月です。
 ただ、その後詳細の説明も何にもなかったので、すっかり忘れていて1月12日にいきなり梅田さんのブログで告知があり驚いたぐらいでした。
 さらに驚いたのが1月30日に梅田さんのブログで発表された「第一部 これからのメディアについて」という議題設定。
 
 えーー、そのテーマにパネラーが私で良いんですか?というのが正直な感想。
 いくらFPNでメディアの真似事をやっているとはいえ、自分のメディアに関する知識なんて梅田さんやR30さんに教えてもらったことがほとんどなので、当日貢献できなさそうだと思っていたのが事実です。
 
 おまけにブログとメディア論みたいなのは、いわゆるブログコミュニティにおいては1年前に激しく議論されたテーマ。梅田さんやR30さんとは、ある程度共通の結論みたいなものを共有している感じはあるので、今更感を感じてしまっていたのも正直なところです。
 
 で、当日、始まる前にR30さんと「メディア論は早めに終わらせて別の議論しましょう」的な画策をしていたりもしたのですが、結局、梅田さんとそういう話をする暇はなく、ポッドキャスティング収録のために不規則発言を封じられたのもあり、メディア論の議論をある意味淡々と収録する形になります。

 実は当日まで、梅田さん本人とやり取りは無かったので、ご本人の意思を確認する暇もなく当日に突入してしまったのですが、予想通り当日のメディア論の議論にはあまり貢献することもできず、ちょっと凹み気味で当日を終えたというのが本当のところでした。

 
 これはあくまで個人的な印象ですが、会場に参加することができたブロガーの皆さんも、結構戸惑っていたように思います。
 何しろ、せっかく濃いブロガーが20人以上集まっているのに、会場を巻き込んだブログ的な議論が行われるわけでもなく、収録を黙って見守る形になってしまったわけで。
 皆さんいずれ劣らぬ論客ばかりですから、結構消化不良になっていた人も多かったようです。(確か会議1.0と比喩する人もあったと記憶してます)
 まぁ、その分、その後の2次会では、ブログ的にいろんな議論が白熱していたわけで、皆さん満足して帰ったわけですが。

 
 ただ、今となっては、このイベントの意図を自分が大きく勘違いしていたのが良く分かります。
 私個人は、ブロガーを集めてパネルディスカッションをするということで、てっきりいつもブログ上でやっているような濃い議論を、濃いブロガーを巻き込んで行うイベントなのかと勘違いしていたわけですが。

 このイベントはあくまで、メディアやブロガーの人たちに「ウェブ進化論」について書いてもらうためにあったわけです。
 まぁ、出版記念イベントなんですから、当たり前の話。
 今思えば、我ながら、ひどい勘違いをしたものです。

 
 特に今回のイベントのメインのターゲットは、やはり既存マスメディアの人だったのだと思います。

 ついつい私たちは梅田さんをCNETブログの頃から知っているので、超有名人だと勘違いしてしまいますが、一般的な基準から言えば梅田さんはそれほどマスメディアに頻繁に登場する人ではありません。
 ウェブ進化論という書籍を出したところで、普通に行けばブログには取り上げられても、それほどマスメディアに取り上げられることは無かったはずです。

 そもそもこの書籍「ウェブ進化論」のメインのターゲットは、ちくま書房のインタビューでも書かれているように「リアル世界の四十代~五十代の人たち」に「ネットの世界をきちんと伝えよう」ということ。

 ブログでいくら話題になっても、そのままではリアル世界の四十代~五十代になんて伝わりません。
 そのためには、なんといってもマスメディアに取り上げられることが必要なはずです。


 そこで一つの象徴的な役割を果たすのが今回の出版記念イベント。
 20名以上のブロガーに事前に書籍を配布し、「発売直後に一斉に」ブログで書いてもらうというバズの集中化を行った上に、IT系のニュースサイトにも記事を書いてもらい、書籍発売直後の話題づくりを行います。

 そういう意味では、出版記念イベントのターゲットが既存メディアの記者の方と考えれば、第一部が「これからのメディアについて」というテーマ設定だったのは今考えれば自然です。
 記者の方々にとっては、ネットと既存メディアがどのような位置づけになっていくのか、どのように融合していくのかというのは非常に興味深いテーマのはず。
 多くの記者の方が、梅田さんの発言に注目していたはずで、もっとこの人の話を聞きたいと思ったはずです。

 結果、書籍販売後1週間~2週間で、おおくのオンラインメディアに梅田さんのインタビュー記事が掲載されることになります。考えたら、書籍出版をきっかけにメディアにインタビューされるというのはそれほど普通のことではありません。書評コーナーに掲載されるならまだしも、梅田さん本人のインタビューが連発したわけですから。
 これらの中には当然事前に仕込んでいたものもあるはずですが、出版イベント直後のブログでの盛り上がりが好影響を与えたものも多いように想像します。
 
 ただでも、ブログを中心に話題になっている上に、オンラインメディアでも大量に紹介され、「ウェブ進化論」は見事なスタートダッシュを成功させます。
 それがAmazonのランキング急上昇や、品切れ続出をひきおこし、それが更なる話題を誘っていくのは皆さんご存知の通り。
 3月4日に 「王様のブランチ」のベストセラー紹介コーナーで第一位で紹介された時点で勝負アリ、ですよね。
 この時点ではブログやオンラインでの盛り上がりは一段落しているわけですが、すでにウェブ進化論の話題はマスメディアまで突き抜けて行っているわけで、もう役割は終了です。


 まずブロガーを中心に話題を盛り上げ、それをオンラインメディアにつなげ、最終的にマスメディアに届け、(その後ようやく新聞広告をうつ)、という形で見事にクチコミの連鎖が発生したわけで。
 発売前に梅田さんが、ここまでの大ヒットを想定していたのかどうかは分かりませんが、事前に緻密に計画された、見事なブログマーケティングの成功事例ということができるのではないでしょうか。

 もちろん、この成功はウェブ進化論という書籍自体がクチコミを発生させるクオリティだったからこそです。
 そういった仕掛けが無くても単純に書店に並べただけでも大ヒットしたのかもしれませんし、ライブドア騒動と重なって、ネットやウェブの今後を冷静に考えたい人が増えたのかもしれないとか、他にこういった本が無かったので丁度ニーズにマッチしたとか、いろんなことは考えられますが。

 ネットの世界のことをいかに「リアル世界の四十代~五十代の人たち」に伝えていくかということを、考え続けてきた梅田さんならではの成功だと言えると思います。

 企業で社員向けにまとめ買いする事例も増えているようですが、今後ウェブ進化論のおかげで、多くの企業でウェブの力を理解してくれる管理職の人が増えてくれれば、ウェブを上手く活用したい我々のような世代の追い風にもなるわけで。

 私たちブロガーも、そんな記念すべき成功事例の最初の盛り上がりに少しでも貢献できているんだとすると、何だかちょっと嬉しくなりますね。

 相変わらずなんだかちょっとまとまらないエントリになりましたが、長くなってしまったのでとりあえずこの辺で・・・
(つづく、かもしれない)

2006年3月19日

ウェブ進化論 (梅田 望夫)

ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる ウェブ進化論については、出版記念イベントに参加させてもらったりしたのもあり、全体への感想はブログに書いたりしているのですが、読書メモ自体をまとめていないのに気がつきました。

 すでにそこら中で書評は書かれていますし、驚きの部数になっているようなので、こういったネットに関する本がこれだけ多くの人に読まれるのに改めて驚いている日々です。
 読書メモをまとめるために改めて本を読み直してみたので、ついでに改めて感想をメモしておくと。

 私たちは本というものを買うときに何かしらそこに答えとか、指針のようなものを期待しがちですが、このウェブ進化論で梅田さんが問いかけているのは、こういう流れに対して「あなたはどうするつもりなのか?」ということなのかもしれないなーと改めて思います。

 その辺、今週のRTC勉強会でもどういった議論になるのか、楽しみです。


【読書メモ】
■ネット世界の三大法則
 第一法則:神の視点からの世界理解
 第二法則:ネット上に作った人間の分身がカネを稼いでくれる新しい経済圏
 第三法則:(≒無限大)×(ゼロ)=Something/あるいは、消えて失われていったはずの価値の集積

■5つの大革命と共通するパターン(ブライアン・アーサー)
・英国で起きた産業革命、水力による工場システム(1780~1830)
・英国で起こった鉄道革命、蒸気動力の時代(1830~1880)
・ドイツに移り、電動機と鉄鋼のような重工業分野で起こった革命
・米国が先駆者となった製造業革命、石油の時代(1913~1970)
・米国で緒についた情報革命(1960~)
タービュランス→メディア・アテンション→過剰投資→バブル崩壊→大規模な構築ステージへ
・情報そのものに関する革命的変化


■情報共有こそがスピードとパワーの源泉
・従来
 組織内の情報は隠蔽されているのが基本
 重要な情報を握ってコントロールすることが組織を生き抜く原則となる
・今後?
 すべての情報が共有されると、ものすごいスピードで物事が進み、それが大きなパワーを生む。
 情報共有を前提とした組織原理によって、従来型組織の時間についての常識を破壊するスピード感がでる。
 「情報自身が淘汰を起こすんだよ」

■Web2.0とは何か
「ネット上の不特定多数の人々を、受動的なサービス享受者ではなく能動的な表現者と認めて積極的に巻き込んでいくための技術やサービス開発姿勢」

■ロングテール追求の意味(エリック・シュミット)
「膨大な数の、それぞれにはとても小さいマーケットが急成長しており、その市場がグーグルのターゲットだ。グーグルは、厖大な数のスモールビジネスと個人がカネを稼げるインフラを用意して、そのロングテール市場を追求する」

■ブログが社会現象として注目されるようになった二つの理由
・量が質に転化した
・玉石混合問題を解決する糸口がもたらされつつある

■米国と日本のブログ空間の違い
・米国:二極化された上側が肉声で語りだすことでブログ空間が引っ張られる
・日本:オープン・カルチャーが根付き始めている若い世代と、教養のある中間層の参入が、総体としてブログ空間を豊に潤していくのではないか

■不特定多数無限大
 「エリート対大衆」という二層構造ではなく、三層からなる構造で、この総表現社会を見つめてみる必要がある。

■ブログと総表現社会の今後を考える方程式
 総表現社会=チープ革命×検索エンジン×自動秩序形成システム
 メディアの本質は受動性にある。自動秩序形成システムに受動性という面でのブレークスルーが無ければ、総表現社会の可能性はそこにとどまるのである。

■ブログこそが究極の「知的生産の道具」
・時系列にカジュアルに記載でき容量に事実上限界がない
・カテゴリー分類とキーワード検索ができる
・手ぶらで動いていてもインターネットへのアクセスさえあれば情報にたどりつける
・他者とその内容をシェアすることが容易である
・他者との間で知的生産の創発的発展が期待できる

■ウェブの進化と世代交代
・コンピュータの私有に感動したPC世代
・パソコンの向こうの無限の世界に感動したネット世代

・ネットのこちら側と、ネットのあちら側
・不特定多数無限大への信頼があるかないか


【目次】
序章 ウェブ社会―本当の大変化はこれから始まる
第1章 「革命」であることの真の意味
第2章 グーグル―知の世界を再編成する
第3章 ロングテールとWeb2.0
第4章 ブログと総表現社会
第5章 オープンソース現象とマス・コラボレーション
第6章 ウェブ進化は世代交代によって
終章 脱エスタブリッシュメントへの旅


2006年3月18日

今からブログを始める人には当然匿名ブログを薦めます

 先日、自分が人気ブログ至上主義者だと思われて悲しいという話を書いたが、もう一つ良く勘違いされるのが自分のブログの匿名・実名論に対するスタンスだ。

 先に結論から書いておくと、もし今から初めてブログを始める人には、私は間違いなく匿名でブログを始めることを進める。


 まぁ、自分自身はFPNをはじめ、自分のブログやら、AllAboutやらで名前も写真も露出狂ばりに出しまくっているので、こう書いても説得力は薄いんだろうけど。
 自分が実名でブログを書いているのは、AllAboutでネット上に顔写真を出してしまってから吹っ切れたとか、それが自分の仕事の役にも立つと思っているとか、U30世代の無邪気な露出ぶりに理解できない焦りとか恐怖のようなものを感じたからとか、そういう小さい理由の積み重ねでしかない。

 正直、最初にブログを始めるときには、いかに徳力という名前にひもづかないニックネームのIDやタイトルをつけるべきかに苦心したし、実は今でもネット上に実名を晒しまくっていることに対する漠然として恐怖感のようなものがある。
 なにしろ苗字が珍しいだけに、一度出してしまったら後にはひけないし。
 何か悪いことをしてしまったり、ネット上で問題が発生してしまったら、一生その出来事と自分の名前がリンクして記憶されるかと思うと恐ろしいものがある。

 多分、他のブロガーに比べると、自分がブログに、やれどこに行ったとか、どこで食事したとか、誰とあったとか、カジュアルなことをほとんど書いてないのは、自分がビジネス系の話題にしかあまり興味が無いという性分が影響しているだけでなく、その辺のいまいちWeb1.0的(?)な本性のせいもあるんだと思う。

 今振り返ると、臆病者の自分がよくぞここまで実名で突っ走ってこれたもんだと、自分でしみじみ思ってしまうぐらいだ。


 ちょっと話がそれてしまったので、ブログの匿名実名論に話を戻すと。

 もちろん、実名でブログを書くことによるメリットというのはいろいろと存在すると思う。
 実際、自分がもやもやを振り切ってこの2年感実名でブログを書き続けてきた経験から言うと、実名でブログを書くことによるメリットというのは、非常に大きいと感じているのは事実だ。
 
 ただ、そのメリットは必ずしも実名でブログを書かなくても得られる可能性は十分ある。

 1年ぐらい前に「ブログは実名で書くべきか、匿名で書くべきか」という記事を書いたときに、ブログを書くことによるメリットをこんな風にまとめてみたことがある。

1・日々書くことで文章力が上達する(かもしれない)
2・書くことによって自分の思考を整理できる(かもしれない)
3・他のブロガーとディスカッションできる(かもしれない)
4・広告とかで若干のお金儲けができる(かもしれない)
5・他のブロガーと実際に会うことができる(かもしれない)
6・メディアでの執筆や本の出版のチャンスがもらえる(かもしれない)
7・本業に役立てることができる(かもしれない)

 その記事を書いたときにも同じ事を書いたが、これらのメリットは、実は匿名でブログを書いていても同じように得ることができるのが、ブログの面白いところだ。

 いわゆる2ちゃんねるの掲示板のようなところに匿名でコメントするという場合の「特定不可能な誰か」とは異なり、匿名でブログを書くという行為は少なくともそのブログを書いている人はある程度特定されうる。
(こういったペンネーム的な位置づけにある匿名は、正確には顕名と呼ぶらしい)

 だから、ブログにコンタクト用のメールアドレスでも書いておけば、少なくともブログに興味を持った人はコンタクトすることができる(匿名よりも実名ブログの方がコンタクトしやすいのは事実だが)し、実際にR30さんやcatfrogさんなど、匿名でブログを書いているのにイベントや講演に参加しているような人は多く存在する。

 まぁ、そもそも今の日本の大企業の中にいて、職業が特定されうる実名を晒してブログを書くという行為はリスクこそあれ、メリットはそれほど無い。
 もちろん、私のような小規模なベンチャー会社に勤めている人間は、会社の理解も得やすいし、仕事への好影響も出やすいわけなので、ブログを実名で書くのもメリットの方に目が行きやすい。

 でも、大企業の場合は、実名で書くデメリットの大きさを考えると、実名と匿名のメリットの差なんて誤差の範囲のはずだ。(自分がもしNTTをやめていなかったら、少なくとも実名ブログなんてありえなかったのは火を見るより明らかだし、ブログ自体を書いていない可能性も高いし。)

 
 まぁ、こんなもったいぶった書き方をしなくても、匿名ブログから始めるべきというのは、もう一つ一番分かりやすい理由がある。
 
 それは、匿名で書いていたブログをあるタイミングで実名ブログに変更するのは簡単だが、実名ブログで始めてしまうと、それを匿名ブログに変更するのは結構難しいということ。
 名前を晒してから、何か問題が起こって慌てて消したとしても、その問題の過程ですべての人が忘れてくれる保証はないし、なにしろGoogleなりネットのアーカイブサービスなりにデータがキャッシュされてしまったり、他のブログに引用されて消しようがなくなる可能性は十分ある。
 
 仮に実名ブログをやるつもりでブログを始めるにしても、ある程度は匿名ブログで初めて様子を見ながら、自信がついたら実名ブログにすれば良い。

 武士道よろしく「やあやあ我こそは!」と名乗らないと気がすまないから、実名ブログで始めたいという人もいるかもしれないが、まずは無名の足軽から始めてみるのが無難なのでは?と思う次第です。

2006年3月17日

Winny問題は、開発者逮捕から2年近くも経つのに・・・

安部官房長官が国民に異例の呼びかけ--「パソコンでWinnyを使わない」 - CNET Japanを読んで。

 一国の官房長官が、記者会見でフリーソフトの使用禁止を国民に訴えるというのは実に異例の光景でしたね。

 
 Winny問題というのは、ファイル交換ソフト自体の著作権を巡る問題に加え、トラフィックの問題や、情報漏えいウィルスの問題も絡んでしまっていますから、普通の人に理解するのは不可能なレベルになってしまっている気もします。

 そんな中、官房長官がわざわざ記者会見で「Winnyを使わないでくれ」と宣言して、どれぐらいの効果があるのかは正直微妙です。

 なんだかかえってWinnyの注目度を増してしまい、模倣ウィルスの増加や興味本位の利用による被害の拡大を招いてしまいそうな気がするのは私だけでしょうか。
(安部官房長官の発言にバックアップされる形で、早速ぷららはWinnyの完全規制を打ち出しており、Winnyのトラフィックに悩むISPにとっては助かる宣言になったようですし、Winny対策の便乗商売は数々生まれてきているようですが)


 先週丁度「Winnyは悪くない、悪いのはウイルスであり、感染する人だ」という開発者の金子さんのコメントが記事になっていましたが、改めてWinnyを巡る騒動を振り返ってみると、Winnyの開発者である金子さんが逮捕されてもうすぐ2年になろうとしていることに驚きます。

 開発者が逮捕されて2年になるのに、いまだにWinnyをめぐる問題は収束するどころか、むしろ情報漏えいウィルスに関しては日々悪化しているような印象すらあります。

 先日の記事で、特に個人的にひっかかっているのは開発者の金子さんが「Winnyの改良を行わないことを警察側に誓約した」という点。
 これが問題を悪化させているように思ってしまうのは私だけでしょうか?


 Winny及び金子氏が、そもそも問われている問題は著作権法違反幇助の罪です。
 手軽に音楽や映画のファイルをコピーできるために人気を博したWinnyですが、コンテンツ業界からすれば当然これは大問題で、そのソフトウェアが改良されることを望まないのは当然でしょう。

 ただ、残念ながら金子氏の逮捕以降もWinny利用者はそれほど減っていないらしいという現実があります。

 
 英語圏では、複数のファイル交換サービスが存在するため、どれかが閉鎖されるとすぐ次のサービスに人気が移るという遷移がおこっているようなのですが、なぜか日本ではメインで利用されているのはいまだに昔ながらのWinMXとWinnyがほとんどのようです。

 そういう意味ではウィルス開発者からすると、ファイルを自動的にコピーするためウィルスを伝播させやすい性質を持っており、ある程度の利用者もいるため影響も大きいことが想像でき、しかも開発者による修正や改善が停止しているWinnyというのは格好の標的です。


 結局、情報漏えいウィルスのAntinnyの問題というのは、Winny自体にセキュリティホールがあって、ウィルスが伝播しやすいという仕組みを突かれているわけですから、本質的にはソフトウェアの問題。
 ソフトウェアに問題があるなら、それを修正すれば被害はある程度防げるはずなのに、修正版が出てこないから利用者は未だに問題のあるままのバージョンを利用し続け状況が悪化するという状態にあるようです。

 なんで、警察は金子さんに修正プログラムを書かせないのでしょうか?


 ただただしさんも「Winnyを改善させて損をする人がどこにいるのか」という記事のなかで、「問題を起こして業務停止命令下にある自動車メーカーに、リコール対策すらも禁じているかのようなものです」と書かれていますが、私もそう思います。

 もし今回の問題がハードウェアだったら、警察も当然その機器の改善を開発者に指示したんじゃないでしょうか?
 なんだかソフトウェアだから良く分からないからという理由で、そのままにされているような気がしてなりません。 


 まぁ、そもそもの著作権法違反の視点で考えれば、Winny利用者がウィルスで苦しむこと自体は、警察側やコンテンツ業界としては実は追い風と見ることもできます。
 Winnyの利用者がウィルスを恐れて減ってくれれば、著作権違反も結果的に減るわけで、そういう意味でもWinnyを改善する理由などないわけです。
 そういう意味では、「Winnyを使わないで」というお願いぐらいしかやることはないというのも分からないでもありませんが。


 でも、そもそものWinny利用者が未だに存在するという事実自体を踏まえて根本的な問題を解決をしないと、情報漏えい事件発生→メディアが報道→認知度が上がってウィルスを作る人や、興味でWinnyを試す人が増える→また事件発生というスパイラルは終わらないような気がしてなりません。

 

2006年3月16日

はじめの一歩を踏み出そう (マイケル・E. ガーバー)

はじめの一歩を踏み出そう―成功する人たちの起業術 この本を始めて読んだのは、2年以上昔だったと思います。
 (Outlogicの杉本さんが薦めていたので買ってみたと記憶してます。)

 起業系の本としては意外に薄く、読みやすいのが特徴ですが、重要なポイントをしっかりと抑えられているのが印象的な本です。
 特にいろいろ考えさせられたのは「起業家」と「職人」と「マネージャー」の3つの視点。

 自分ひとりの時には上手くいったのに人が増えると急に上手くいかなくなるというビジネスの初期の立ち上げの難しさの原因を、分かりやすく教えてくれます。
 起業を志す人にはお勧めの本です。


 ちなみに、最近逆に気になっているのは、独立という選択肢を取る人が増えていること。
 個人規模での独立であれば、あくまで自分の「職人」としての価値に自信があれば良いわけで、インターネットを使えば上手く個人でもスケールできるWeb2.0時代には、あえて起業家的な拡大ベンチャー志向ではなく、職人としてのマイクロビジネスという選択肢も増えてくるような気がします。

【読書メモ】

■起業家の視点と職人の視点の違い
・起業家は「事業が成功するにはどうするべきか?」を考え、職人は「何の仕事をするべきか?」を考えている。
・起業家にとって、会社とは顧客に価値を提供する場所である。その結果、利益がもたらされる。職人にとって、会社とは自己満足のために好きな仕事をする場所である。その結果として、収入がもたらされる。
・起業家は、最初に会社の将来像を確立したうえで、それに近づくために、現状を変えようとする。一方で職人は、不確実な将来に不安を抱きながらも、現状が維持されることをただ願うばかりである。
・起業家は、まず事業の全体像を考えてから、それを構成する部品を考える。しかし、職人は、事業を構成する部品を考えることから始まり、最後に全体像がつくられる。
・起業家は全体を見渡すような視点をもっているが、職人の視点は細部にこだわりがちである。
・起業家は自分の描く将来像から逆算して現在の自分の姿を決めるが、職人は現在の自分を基準に将来の自分の姿を決めてしまう。


■事業の試作モデルに必要な6つのルール
1.顧客、従業員、取引先、金融機関に対して、いつも期待以上の価値を提供する。
2.必要最低限の能力でもうまく経営できる。
3.秩序だてて組織が運営される。
4.従業員の仕事内容はすべてマニュアルに記載されている。
5.顧客に対して安定した商品・サービスが提供される。
6.建物や設備、制服についてのルールが定められている。


■事業発展プログラムの3つのルール
ルール1 イノベーション(革新)
 「イノベーション」と「創造」を混同する人が多いが、「創造とは新しいものを考え出すことである。イノベーションとは新しいことを実行することである」

ルール2 数値化
 成果を上げるためには、イノベーションがどれほどの効果を上げるのかを、数値として把握することが必要である。

ルール3 マニュアル化
 マニュアル化をしないかぎり、商品やサービスの質は安定しないので、売上も安定しない。

■事業発展プログラムの7つのステップ
1.事業の究極の目標を設定する
2.戦略的目標を設定する
3.組織戦略を考える
4.マネジメント戦略を考える
5.人材戦略を考える
6.マーケティング戦略を考える
7.システム戦略を考える

■事業とはゲームである 
1.従業員に何をやってほしいのかを考えずに、まずゲームをつくろう
2.自分でもやりたくないゲームを従業員に押しつけてはいけない
3.ゲームは長い間、楽しめなければならない
4.ゲームをときどき変化させよ。ただし戦略は変えてはいけない
5.ときどきはゲームのルールを思い出させる
6.ゲームに意味を与える
7.ときには楽しみも必要である
8.よいゲームを思いつかなければ、盗め!

■三種類のシステム
・ハードシステム:いわゆる「モノ」である。

・ソフトシステム:ひとことで言えば「考え方」である。

・情報システム:ハードやソフトのシステムについての情報を提供するものである。


【目次】
1 失敗の原因を知る(起業家の神話
「起業家」「マネジャー」「職人」―3つの人格
幼年期―職人の時代 ほか)
2 成功へのカギ(フランチャイズに学ぶ「事業のパッケージ化」という考え方
「事業」の試作モデルをつくる
自分がいなくてもうまくいく仕組み)
3 成功するための7つのステップ(事業発展プログラムとは何か?
事業発展プログラムの7つのステップ
ステップ 事業の究極の目標―あなたが望む人生の目標とは? ほか)


はじめの一歩を踏み出そう―成功する人たちの起業術はじめの一歩を踏み出そう―成功する人たちの起業術
マイケル・E. ガーバー Michael E. Gerber 原田 喜浩


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2006年3月15日

経産省部長のブログ炎上で職務専念義務違反はひどくないですか?

asahi.com: 経産省部長ブログ「炎上」 PSE法巡り書き込み殺到 - 社会を読んで。

 御手洗さんのブログ経由で知ったのですが、PSE法の関連で経済産業省の谷部長のブログが「炎上」して、閉鎖に追い込まれていたそうです。

 
 御手洗さんもブログで「行政に携わる方と非常に近い対話の機会が増えることは、住民のニーズに近い行政サービスを実現する上で、非常に価値のあることでしょう」と書いていますが、国の省庁の生に近い意見を聞けるブログがあるなんて実に画期的なことだったと思います。

 私個人はPSE法について無知なので、法律自体の是非は分かりませんし、谷部長がどういう人だったのかは良く分かりませんが、それにしても対話をしようと努力をしてくれる窓口があったのに、そういうブログが存在したのに、その窓口が炎上して閉鎖に追い込まれてしまうというのは実に悲しいことです。

 こういうことがあればあるほど、「結局ネットとかブログなんか使って国民の意見を集めても意味ないよね」と官僚の人たちに思われてしまうわけで。
 結局、国民の意見なんて聞く必要はないという話に帰結してしまいそうなのが個人的には非常に残念です。


 特に個人的に引っ掛かったのが「ブログ更新が平日の勤務時間内だったため「公務中の更新は問題」と議論は思わぬ方向に飛び火した」という部分。

 もし、これが電話による苦情を対応という話であれば、苦情郵便に対する返事を書いているという話しであれば、抗議者が庁舎に押しかけてきたのを対応という話であれば。
 勤務時間内の対応に、こんな指摘が出るでしょうか?

 PSE問題に関わる谷部長のブログ更新というのは、行為としては不特定多数の人たちに経産省の施策への理解を求める、まさに電話対応や対面対応と同じ説明行為だったはずなのに。
 人々の非難の矢面にたった行為が褒めらるべきぐらいのところを、「国家公務員法の職務専念義務違反」なんて懲罰をもらうなんて悲しすぎますよね。

 しょせん今の官庁におけるブログの位置づけなんてこんなもんなんだというのが良く分かる一文ですが。
 今回、谷部長のブログを炎上させてしまった人々は、聞く耳をもってくれたかもしれない谷部長を攻撃して、その後ろにいる手を汚してない人たちに谷部長を後ろから刺させた上、象牙の塔に閉じこもる言い訳を与えてしまったかもしれないわけで。

 何とも、いろんなことを考えさせられる出来事です。


 ちなみに、御手洗さんも書いていますが、「炎上」という言葉が一人歩きすると、いかにもネットならではの特殊な出来事のように見えてしまうのを個人的には非常に懸念しています。

 今回のPSE法問題にしても、結局ブログの「炎上」というのは、人々の間でPSE法に対する疑念や不満が渦を巻いているから、リアクションの出やすいブログやネットが「炎上」という形で盛り上がるわけで。
 
 これまでは人々の声が見えにくかったから「炎上」という分かりやすい現象が出なかっただけだと思います。(それが本当にたまりにたまるとデモとかストライキのような実力行使になるんだと思いますが)

 官僚の皆さんには、是非ネットのボヤで済んでるうちに、本質的な問題を踏まえた議論をしていただきたいと切に願います。

2006年3月12日

スカイプのテレビ電話なら無料で遠隔監視システムができる?

 ONEDARI BOYSの企画で、スカイプのまゆさんになんとウェブカムとヘッドセットを頂いてしまいました。

 個人的には、以前にもテレビ電話が普及するのは時間がかかるんじゃないかという趣旨の記事を書いたこともあるので、何でウェブカムなんかおねだりするんだと起こられてしまう立場なんですが。

 実は、ちょっと試してみたかったことがあります。
 それがスカイプのテレビ電話を使った遠隔監視システムです。

 ということで早速、試してみました。


 遠隔監視システムと言っても、もちろんスカイプを使うので、おおげさなものは必要ありません。
 必要なのは、ウェブカムとスカイプだけ。

 手順も簡単です。

1.自宅のパソコンにスカイプをインストールしてウェブカムを設置します

2.自宅のパソコンのスカイプの設定メニューから「詳細」の中で「自動応答」という項目にチェックをつけます。

 以上、終了です。


skypevideo.gif あとは、会社のPCから自宅のPCにビデオコールをするだけ。

 コンタクト欄の自宅のPCのビデオマークをどきどきしながらクリックすると・・・

 おお、出ました!
 我が家の映像です!
 


 と言っても、今は家の中でやっているので出来て当たり前なんですが(汗)
 会社からできるかどうかは月曜日にやってみることにします。

 それにしても、カメラさえあれば無料で遠隔監視システムまで、できてしまうんですから凄いですねー。

 せっかくウェブカムを買ったものの、テレビ電話をする相手がいなくて結局無駄になっているという方は、是非スカイプで遠隔監視システム構築を試してみてはいかがでしょうか。

 家族やペットの安否確認や電源の切り忘れの確認、浮気防止など、様々な可能性が広がること間違いありません。
 ただ、誰からかかってきてもビデオが自動応答するのは問題なので、あまり応用は利きません、あしからず。

 
 もう少しマジメなテレビ電話のレポートを読みたいという方はこちらをどうぞ。

スカイプ! スカイプ! スカイプ! テレビ電話!
skypeだ!スカイプだ!テレビ電話だ!デジカメだ!
スカイプとUSBカメラとヘッドセット

2006年3月10日

日経WOMANに取材してもらいました。

woman200604.jpg 日経WOMAN4月号の「そろそろ、わたしもブログデビュー」特集に、アルファブロガーについてインタビューしていただいた記事が掲載されました。
 (mさん、tさん、ありがとうございました。)

 日経WOMANでブログというとちょっとぴんと来ないかもしれませんが、齋藤朱保さん、増田真樹さん、和田亜希子さん、渡辺英輝さん、R30さんと、錚々たるメンバーにインタビューを敢行して分かりやすくまとめられていますので、現在のブログをめぐる状況を10ページでさらっと読みたい人には男女を問わずお勧めです。

 それにしても、やっぱり女性誌の表紙はお洒落ですね・・・
 (自分のブログじゃないみたい)

月刊 旬なテーマに取材してもらいました。

syun.gif 中経出版の「月刊 旬なテーマ」2006年4月号に、アルファブロガーについてインタビューしていただいた記事が掲載されました。
 
 インタビューしていただいたKさん、ありがとうございました。

読者の少ないブログの方が価値があるかもしれない

 先日、「ブログを多くの人に読んでもらえる方が良いとは限らない」という記事を書いたが、1月にそれに関連してちょっとショックな出来事があった。

 ブロガーカンファレンスの打上のときに、小鳥さんに「徳力さんはアルファブロガー投票企画とかやってますけど、僕らみたいなブロガーはどういう位置づけなんですか?」と聞かれてしまったのだ。

 どうも、投票企画を率先的にやってたために、「徳力は人気ブログ至上主義者」だと思われてしまっていた模様。(きっと多くの人がそう思っているんだろうけど、正直、結構悲しかった)


 この場を借りて、改めて釈明させていただくと、実は個人的には人気ブログ自体にはそれほど興味はなかったりする。

 こんな書き方をすると、逆に人気ブログに選ばれた方々に失礼かもしれないが、そもそもアルファブロガー投票企画を実施したのは、いわゆる人気ブログランキングとかアクセス数ランキングの視点だと、芸能人ブログとか、鬼嫁日記のような面白い