前回のコラムで紹介した、音楽のデジタル化というポイントだけが、「このまま音楽ファイル共有ソフトが普及すると音楽業界は衰亡する」という悲観論の源泉になっているわけではありません。
より重要なのは、 P2P 型のファイル共有ソフトにより、誰でも無料で簡単に音楽ファイルを配信できるようになってしまった、という点です。
Napster のような大学生が始めたサービスが、 1年間で4000万人を超えるユーザーを獲得し、しかもその利用者は一銭も音楽業界にお金を落とさないという事実だけを単純に見れば、この悲観論が出るのもうなずけないわけではありません。音楽業界がこれまで収入を得ていた分野が、一昼夜にして消え去る可能性が出てきてしまったわけです。
■音楽はそもそも無料か?
著作権とコピー技術の回で紹介したように、音楽の著作権は各国の著作権協会により強く守られています。これは物理的な実体を持たないコンテンツが、コピーなどの違法行為に対して非常に脆弱なためで、著作権料のモデルに対する賛否はあるものの、ある程度は不可避なものです。
著作権による収入を得られなくなれば、ほとんどのミュージシャンは収入が激減しますし、産業自体を揺るがす事態になってしまうでしょう。資本主義社会において、サービスに対して対価を払うのは当然の考え方ですし、今後も音楽を楽しむことに対する対価は存在しつづけるでしょう。
もし音楽の著作権が認められない世界が来るとしたら、違法コピーによる無料サービスが有料サービスを席巻する可能性は非常に高いと考えられますが、現実にはその可能性はほとんどないでしょう。少なくとも日本国内においては(インターネットにおいて国境はほとんど意味をもたないかもしれませんが)。
もちろん、この著作権を守るためには、違法行為を厳しく罰していくより他に方法はありませんが、現在のところ、業界の違法コピーに対する対応は比較的機能しているように思われます。
日本でも違法コピーによる逮捕者が出て大きな話題を呼んでいますが、違法コピーが犯罪であるという認識を社会に意識させることが、引き続き必須となるでしょう。
今後どうなるかは想像がつきませんが、今回のコラムでは、法律がある程度抑制効果を発揮する、という前提で考えていきたいと思います。
■無料で入手できるものにお金を払うか
違法コピーは犯罪であるという認識がある程度社会に広まっても、それでも無料で入手する手段はなくならない、と仮定します(いくら法律で取り締まっても、抜け道もまた存在するものです)。
その場合、最大の争点となる部分が「無料で入手できるサービスに対して顧客がお金を払うか」という点です。
全く同じ条件のサービスが2つあるとしたら、おそらく利用者のほぼ全員が無料のサービスを利用する、と考えがちです。しかし、意外に、そうはならないのではないでしょうか。
Napster が一年間で4000万人近くの利用者を集めた背景には、それだけ多くの利用者が新しい音楽の流通手段を欲していた、というニーズを読み取ることができます。無料サービスのニーズがそれだけあるのなら、有料サービスで収益を得る余地もきっとあるはずです。
ただ、当時、音楽配信ビジネスに否定的な人たちの多くは、無料だから伸びただけで有料モデルであれば失敗する、と指摘しました。実際問題、数多くのインターネット上の音楽配信サービスが注目をあびたものの、十分な収益をあげられない、という日々が続いたのも事実です。
ただ、前回のコラムで紹介したように、昨年 Apple 社の音楽配信サービスが2500万曲のダウンロードを達成したことで、少し風向きが変わりつつあります。無料で入手しようと思えばできるであろうコンテンツに、利用者がお金を払っている事実がここにあるのです。(次回コラムに続く)