Twitterのコミュニケーションって、実は一番人間っぽいのかも

KandaNewsNetwork: 5月14日(月)Twitter Night KandaNewsNetwork: 5月14日(月)Twitter Nightを読んで。
 月曜日に、BlogTVの主催でTwitter Nightが開催されました。
 正直な話、Twitterを会社のブログで最初にレビューしたときには、日本語も通らないし、アメリカのカンファレンスで盛り上がってるみたいだし、これは日本ではきっと流行らないだろうなーと思ったのですが、いまやそんな自分の最初の直感は明らかに間違っていたことを思い知らされる日々を送っています。
 で、あらためて、Twitterをどんな人が利用しているのか気になったので、先日のTwitterビールオフ会に続いて参加してみました。
 ちょっと遅れての参加になったので、全部を見ることはできなかったのですが、神田さんのプレゼンで興味深かったのがコミュニケーションの仕方とTwitterの位置づけ。
 プレゼンでは、同期・非同期と他者主体・自分主体の2軸を使った4分類がされていて、分類自体にはTwitter上でもいろいろツッコミがされていましたが、確かにTwitter上のコミュニケーションはこれまでのツールと違うと感じてます。


 他者主体・自分主体という言葉ではピンと来ないかもしれませんが、「返事を期待しているコミュニケーションかどうか」という意味では、TwitterはこれまでのIMやチャット、掲示板等のアプリケーションに比較すると明らかに違う印象です。
 メールにしろ、IMにしろ、チャットにしろ、掲示板にしろ、なんだかんだその書き込みは相手のリアクションを期待して実施されているわけですが。
 Twitterの書き込みは、位置づけとしてはあくまで独り言。
 見た目は掲示板っぽいものの、そこで繰り広げられる会話は何の脈絡もない独り言や雑談の集合体です。
 部外者から見ると、似たようなことを話している集団に見えるようで、実はお互いの話を聞いているようで聞いていない、でも聞いていないようで聞いていて、たまに会話が成立したりします。
 で、ふと思ったのが、これって結構実際の職場とかと一緒かも?ということ。
 例えば10人とかで働いてるオフィス。
 誰かが独り言を言った場合、誰も反応しないかもしれないし、反応するかもしれない。
 たまに、10人のうちの何人かがグループで会話したり、全員がまとまって同じ話をしたり。
 誰かがつまらない会話をしていたら、それはスルーされるでしょうし、一つの話題がいきなり盛り上がったりします。
 メールとかIMで1対1でコミュニケーションするときってのは、基本的には対面で必ず返事をくれよというイメージに近いコミュニケーションになりますし。
 逆にブログを通じたコミュニケーションというのは、お互いの演説だったり、プレゼンテーションを一方的に聞かされるイメージ。
 それぞれのツールは、異なるコミュニケーションを体現しているわけですが、実は日常生活でそういうコミュニケーションをする時間ってそれほどない気がします。
 そういう意味ではTwitterのコミュニケーションというのは、どこでも誰かの独り言が聞こえてしまうという意味ではとてもネット的なのですが。
 相手の発言が、仮に自分に対してのものだとしても、スルーすることが基本になっているというのは、実は気のあった仲間内の普通のコミュニケーションに結構近いのかもしれないという気がします。
 発言する側も、相手が読んでくれているかどうかは本当のところは分からないものの、何となく読んでくれているつもりになって、しかもたまに反応が来たりする。
 誰かが寒いダジャレを言っても、誰かが何かで怒っていたとしても、ほとんどの人のTwitter上の会話はただ淡々と続いていきます。
 というブログを書きながら、話しかけてくる嫁の会話に生返事をしているのも、実にTwitter的だと思ってしまったり。
 まぁ、現在のTwitterブーム自体は、非常に狭いコミュニティの中での話ですし、個人的にはFriendsが100人を越えたあたりからコミュニケーションとしての利用は既に破綻している気もするので、今後Twitter自体がどうなるのかは良く分かりませんが。
 
 こういったTwitter的なコミュニケーションには、参考になる要素がかなりいろいろあるということを、改めて勉強させてもらったTwitter Nightでした。
 今回の詳細についてはBlogTVで放映されるようですから、興味のある方は是非そちらをどうぞ。