革命メディア ブログの正体 (伊藤 穣一 他)を読んで。
Wikipediaにおいて「誰もいじっていない記事を誰かがいじると、それに関心のある人がワーッと集まってきてすぐさま直していく」ことをピラニアエフェクトと言うそうです。
同じような話をテレビとネットの近未来カンファレンスで神田さんがしていたのですが、なんでもWikipediaに興味のある人のチャットルームか何かがあるそうで、Wikipediaが編集されるとそこに通知があって、編集チームが間違いが無いかすぐにチェックされるような仕組みになっているとかで。
ピラニアの池に牛が放り込まれたら、一瞬のうちに骨だけになってしまうのをイメージすると、見事な例えだなと思ったりします。
当然、彼らは無報酬なはずですが、Wikipediaの正しさを維持したいという、正義感に似たモチベーションが突き動かすピラニア集団というところでしょうか。
ちなみに、個人的にそれを聞いていてイメージしたのがブログの炎上の話。
「革命メディア ブログの正体」において伊藤譲一さんが「ブログでは自分の意見を主張する。ウィキペディアは逆で、ほとんど匿名、表には誰も名前は出ない。そしてとにかく中立を保つ。」とブログとWikipediaの特徴の比較をしていますが、この「ブログでは自分の意見を主張する」というところの日米文化の微妙な違いが、最近気になっていたりします。
ガ島通信の藤代さんの紹介で参加させてもらっているデジタルジャーナリズム研究会でも、日米のジャーナリズムに対する意識の違いの議論がありましたが、日本では意見表明に対する中立性や専門職意識の期待のようなものがあるような気がします。
日本においては、ネット上で「誤った」発言がなされると、大量の正義感に燃えた人たちがブログのコメント欄に殺到し、その過ちを「正そう」とする。
これってWikipediaのピラニアエフェクトと凄い似たエネルギーのような気がします。
特に、この話を改めて実感した象徴的な出来事となったのが、先週書いたワールドカップについてのブログ記事。
この記事は、ただ単にブラジル戦で完敗していいところなく終わってしまったワールドカップの日本代表に対する嘆きのようなものを、自分に言い聞かせるようにして愚痴の延長でひとりごととして書いたわけなんですが(そこで寝ると寝過ごしてしまいそうだったのもあり)。
ニフティのワールドカップコーナーで取り上げていただいた結果、多くの批判をいただいてしまいました。
まぁ、そこまでは良くある話なので今後の反省とすれば良いんですが、非常に印象に残ったのが自分のブログ記事にもらったこのコメント。
「http://watchers.nifty.com/cs/kuchikomi/sapostacom_news/list/aid_060623000656/1.htm
あまりサッカーに詳しくないあなたのような方がいい加減な文章を書くと、こういう所で批判されますよ。」
ブログ自体は書いている側からすると、ひとりごとのようなものなので、文章のクオリティとかそんなに深く考えていないのですが、ニフティのコーナーで取り上げられた結果、ブログではなく記事として扱われたということでしょう。
で、更にそういうのはやめた方がいいですよ、と教えてくれる人まで登場してしまったわけです。
伊藤譲一さんがいう「自分の意見を主張」する場であるブログにおいても、意見を主張すると「専門家で無いのに意見を主張するな」となるのは、やはり日本ならではの現象のように思います。
日本にはディベート文化が無いからなのかもしれませんし、ジャーナリズムや意見を主張する職業に対する高い道徳的な期待感のようなものがあるのかもしれません。
ブログの炎上というと、なんとなく放火的なイメージから悪意のある人々による現象のような印象がありますが、実際には悪意で炎上しているものは少なくて、Wikipediaのピラニアエフェクト同様、正義感のエネルギーで結果として炎上しているものがほとんどのような気がしてきました。
多くの炎上したブログが、ブログ自体を削除してしまっているので、実際に炎上したブログのコメント欄でどういうエネルギーがうずまいていたのか、分析は難しいのですが・・・
アスキービジネスに「インフラただ乗り」のコラムを掲載していただきました
アスキービジネス 2006年8月号の「Hot Word Cool Word」のコーナーで、インフラただ乗り論に関するコラムを書かせていただきました。
(Eさん、Yさん、貴重な機会を頂き、ありがとうございました。)
今もネットサービスに携わっていますし、通信会社出身ということもあり、インフラただ乗り論をめぐる議論は興味深く見守っているのですが、はたしてどういう結論になるのか。
日米では違う展開もありそうなので気になるところです。
ITmedia BizIDでコラムの連載を始めました。
本日より、ITmedia BizIDで「デジタルワークスタイルの視点」というコラムの連載を開始することになりました。
会社のブログ「ワークスタイル・メモ」のコラム版のようなスタイルで、デジタルツールを利用した新たなワークスタイルを紹介・解説していく予定です。
日経新聞にコラム「ライフハック」を掲載していただきました。
6月26日の日経新聞夕刊「東西南北」のコーナーに、私が執筆したライフハックに関するコラムを掲載して頂きました。(Kさん、貴重な機会を頂きありがとうございました。)
日経新聞の読者層にはちょっとライフハックネタは早いかと思ったのですが、どういう印象をもたれたのか興味津々です。
ちなみに、記事ではチェックパッド、あとで読む、リマインダーメーラーの3つを紹介させていただきましたが、あらためて調べると日本にはライフハック系ツールはまだまだ少ないようです。
自分も頑張らねば・・・・
サッカーワールドカップの日本代表をバッシングする前に。
スコア速報 <日本-ブラジル>- 2006年ドイツW杯 : nikkansports.comを読んで。
先ほど、日本代表のワールドカップ予選が終わりました。
昨日の帰りの電車の中吊り広告で、早くも日本代表を批判するタイトルの記事が踊っているのを見ましたが、はたして今朝のマスコミはこの結果をどのように報じるのでしょうか。
なんだか事前に予選突破は確実みたいな報じ方をされていたことの逆流が、一気にバッシングとしてあふれてきそうで個人的には心配です。
あらためて予選3試合を振り返ってみれば、もちろんいろいろ思うところはあります。
オーストラリア戦の逆転負け、クロアチア戦の引き分け、そしてブラジル戦の完敗。
ただ、多くのメディアはオーストラリア戦は悪夢の逆転負け、クロアチア戦は無念の引き分けと報じていましたが、はたしてそうだったんだろうか、と改めて思ったりします。
小鳥さんが、サッカーマニアのお父さんの「ヨーロッパのリーグで立派に活躍している選手が、オーストラリアは17人、クロアチアは10人、日本は4人。しかも日本でコンスタントにレギュラーを持ってるのは中村俊介のみ。だから実力的には、日本は勝てなくても仕方がない。」という言葉を紹介してましたが、うちの会社のサッカー通のTさんも同じように、ワールドカップ予選前から「実力から考えたら日本代表が一試合勝てたら良い方だ。」という話を昼飯時に良くしてました。
結果を振り返れば、今回の3試合はその実力どおりの結果になったと言えます。
オーストラリア戦も残り10分で3失点とはいえ、試合全体を通して内容的には完敗でした。
クロアチア戦も柳沢が外したシュートの印象は強いですが、そもそもPKを決められていたら負けてたわけで、それ以外も相当押されていたのを良く守ったと言って良いと思います。
ブラジル戦も、いわずもがな。まぁ、これまで無失点だったブラジルからよく先取点を取ってくれたというぐらいでしょうか。
これまでのワールドカップの歴史の中で最も波乱が少なかった大会と記憶されるだろう、このドイツ大会で。
日本代表もまた波乱を起こせなかったというぐらいじゃないでしょうか。
確かに、4年前の日韓ワールドカップでは、日本代表は2勝1分けという最高の結果で予選突破を果たしたわけですが、あれはあくまで本国開催という特殊環境。
アウェーの、つまり普通のワールドカップには日本はまだようやく2回目の出場にしか過ぎず、最初の一回は3連敗という厳しい現実があります。
そう考えたら、実は今回のクロアチア戦の引き分けが日本代表のアウェーの(真の)ワールドカップにおける初の勝ち点獲得だったんですよね。
そもそも、今回のワールドカップは、1次予選からギリギリの戦い。
なにしろホームでオマーンに引き分けそうになったのを始め、余裕と見られていたシンガポール戦でも藤田がいなければあわや引き分け。
2次予選でも、大黒がいなければ北朝鮮に引き分けるところでしたし、バーレーン戦に至っては相手選手の綺麗なオウンゴールに助けられる始末。
アジアカップにしたって優勝したとはいえ、ヨルダンやバーレーン相手に負けてても全くおかしくない試合でした。
冷静に考えれば、日本はまだまだそのレベルのチームだったということだと思います。
ワールドカップに出られたこと自体を改めて喜ぶべきなんでしょう。
そう論理的に理解しようとしたところで、もちろんやっぱり負けたら悔しいし、ふがいない結果には寂しさすら感じてしまうわけですが。
マスコミやサッカー関係者の方には、日本代表をバッシングするよりも、まずは、ワールドカップの地で日本の試合が見られた喜びを噛み締めて、4年後またこのドキドキを味わえるように、またアウェーの(真の)ワールドカップで1勝するためには何が必要かということをしっかり前向きに議論していって欲しいところです。
ちなみに個人的に印象に残っているのは日本と韓国の視聴率の違い。
日本のオーストラリア戦の視聴率が関東で49%だったのに対し、韓国のトーゴ戦の視聴率は驚異の74%。
今回のワールドカップでも、韓国代表はその実力をいかんなく発揮していますが、その歴史や国民の代表チームに対する注目の違いがこの数字に如実に現れています。
さらに注目なのは、オーストラリア戦の「韓国での」視聴率が52.9%と、なんと日本の視聴率を上回っている点。
自分の国の試合を、自分たちより隣の国の人の方が注目しているというのは、なんとも微妙です。
まぁ、実際、うちの会社のエンジニアのほとんどは興味を持ってくれてませんし、日本のサッカーに対する注目度はその程度だということでしょう。
日韓ワールドカップでも、日本と韓国の盛り上がりの違いを痛感しましたが、またあらためてその歴史や注目度の違いを感じます。
さらに惜しむらくは、2連敗しても素晴らしい敗者と称えられたコートジボワールなどの他の予選敗退国に比べると、今回の日本のプレーは世界のほとんどの人の記憶に残っていないだろうという点ですが。
まぁ、日本のサッカーはまだまだこれからです。
はてさて、日本代表は4年後にまたこのドキドキ感を味あわせてくれるのか。
そもそも、次のワールドカップに出るためには、今回負けたオーストラリアと予選を戦わなければならなくなるわけで、不安はつきませんが。
まぁ、とりあえずはのんびりとまだまだ続く世界レベルの戦いを楽しみたいです。
それにしても、本当に良かったのは、やっぱり玉田の見事なゴール。
なにしろ日本は、これまでアウェーのワールドカップでは、ちゃんとした足のゴールは一つも無かったわけで。
フランス大会の時は、ジャマイカ戦の中山がなんとか体に当てて押し込んだ不恰好なゴール(実際にはロペスのシュート(本人談)が中山に当たって入ったに近い)一本のみ。
今回も、下手したらオーストラリア戦のキーパーチャージもどきの1点だけに終わるところでした。
少なくとも今回のワールドカップでは、何度もリプレイで流すことができる美しいシュートがあったことは、素直に喜びたいと思います。
10倍売る人の文章術 (ジョセフ・シュガーマン)
「10倍売る人の文章術」はベタなタイトルの本ではありますが、よくあるタイプのベタな精神論本ではなく、実績に裏打ちされたシュガーマンというマーケッターのノウハウが凝縮された一冊です。
そのメッセージは実にシンプル。
「広告のあらゆる要素はコピーの第一センテンスを読ませるために存在する」
「第一センテンスは第二センテンスを読ませるために存在する」
「第二センテンスで読みつづけたいと思わせる」
まぁ、言われてしまえば当たり前なんですが、意外なほど自分も含め世の中の広告や文章がこの要素を実現できていないことに気づかされます。
特に個人的に印象に残っているのは「編集作業では、言いたいことを最少の字数で表現できるようにすべし」という点。
自分はどちらかというとブログにしろ、製品紹介の文章にしろ長くなりがちな傾向があるので、改めて反省するところの多い指摘でした。