ウェブ進化論は教科書としてではなく、議論の素材として読むべきだと思う

RTCVol.10 『ウェブ進化論』 後録 | 近江商人 JINBLOGを読んで。

 先日のウェブ進化論をテーマにしたRTCカンファレンスのまとめで、上原さんが「「不完全さ」が事後の議論を起こしやすくして、結果「群集の叡智」が集まりやすくなっているのだなぁ」とまとめていますが、個人的にもいろいろ共感するところがあります。
 

 先日、「ウェブ進化論自身が、ネットとマスメディアの融合の成功事例?」というタイトルで、ウェブ進化論の成功自体がブログマーケティングの見本みたいな話をちょっと煽り気味に書きましたが。
 じゃあ誰でも手法を真似すれば、同じように書籍を大ヒットさせることができるかというと、もちろんそういう話ではありません。

 今回のウェブ進化論の大ヒットは、梅田さんが日本のブログ界のファシリテーター的な役割を担っていたからこそですし、個人的には「梅田望夫メソッド」とでも呼ぶべき、梅田さん独特の議題設定能力が大きいと思っていたりします。


 そもそも、私がビジネスの時事的な話を綴るブログを始めたのは、CNETで連載されていた梅田さんに影響されたのが一つのきっかけです。(そんなわけで、CNET主催の梅田さんセミナーに参加したり、FPNで梅田さんとの座談会を企画してみたりと、まぁ追っかけに近いポジションだったりするわけですが。)
 個人的に梅田さんが凄いと思うのは、自分のブログを通じた発信もさることながら、その発信したものが実に頻繁にブログ界で話題に、しかも「議論」になること。

 読者が多いブログだから、当然と言えば当然なわけですが、梅田さんを中心に発生した議論は、キーワードが残るのが一つ特徴だと思います。
 
 
 ここで、勝手に(本人にも無断で)、「梅田望夫メソッド」を定義してしまうとこんな感じ。

・ばーーーーっさりと、個人や企業を二つのグループに分ける。
・それぞれのグループにわかりやすいタイトルをつける。
・議論を皆に振る。

 例えば
 「PC世代」と「ネット世代」
 「こちら側」と「あちら側」
 「エスタブリッシュメントな層」と「若い人たち」とか。


 こんな感じで、ばっさり切られると、大抵の人は自分がどっち側なのかを考え、自分がどっちなのかで一喜一憂します。自分のサイドがポジティブだと思えば喜び、自分のサイドがネガティブだと思えば不安を口にし、自分なりの考えがある人は梅田さんにトラックバックで議論を挑みます。

 また、切られた線上や中間にいる人たちは「そんな二つで分類なんて単純に出来ない!」と怒る人も発生します。ある人は議題設定自体に問題提起をしたり、時には梅田さんがいかに分かっていないかというのを、とうとうと書いていたりするわけですが。

 そういう光景を見ながら、梅田さんは、議論自体に勝とうとしているわけではなく、議論自体を楽しんでいるんだなーと思うときが良くあります。


 私なんかは、普通どうしても、ブログに意見を書いてそれを他の人に否定されると、その否定自体が人格否定みたいな気がして、落ち込んだりしてしまうものですが。  
 梅田さんは、時に嬉々として反論に応えていたりするわけです。

 まぁ、考えてみたら上の手法ってディベートの手法に似てますよね。
 二つのサイドを決めて、自分がどちらかのサイドを取って議論をする。

 良く考えたら、ブログで反論されること自体、今後の自分のための知恵の一つになっているわけで、まさにブログでの議論は、不特定多数の人を相手にディベートを行っているようなもの。
 議題設定を行った梅田さんからすると、賛成も賞賛も反論も批判記事も、すべて議論を誘発することで生まれた「群集の叡智」なわけで、自分が提示した理論を議論を通じて更に強化されている感覚なのかもしれません。

 ケースバイケースで話をしたら、そんな世代論とか二元論にすべてが当てはまらないのはある意味当たり前なんですが、梅田さんはそこをあえて、ばーーーっさりと二つに切ってしまうことで、議論をしやすくしているような感じすら受けます。

 
 そういう意味で、あらためて「ウェブ進化論」を振り返ると、やっぱりこの本は上原さんが書いているように「「不完全さ」が事後の議論を起こしやすくして、結果「群集の叡智」が集まりやすくなっている」ようなブログ的な本なんですよね。

 ついつい書籍という形になっていると、何かを教えてくれる「教科書」として読んで、何となく分かったような気分になって終わりにすることになってしまいそうですが、この本はそこで終わったら実にもったいない気がします。

 組織単位でまとめ買いをする会社も増えているそうですが、せっかくそうやって組織全員で読むのであれば、その組織の中で議論をしたり、感想を交換したりして欲しいですし、是非自分のブログを始めてみるとか、ソーシャルブックマークサービスを使ってみて不特定多数無限大の世界とか群集の英知とかを体感してみるとか、そういう何かのきっかけにする本なのかなーと思います。


 というわけで、とりあえず自分はウェブ進化論をきっかけに、もう少し他の人の批判にひるまずに議論を楽しめるようになるように、自分なりの結論をちゃんとブログで書いていくようにしたいと思う今日この頃です。



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徳力 基彦 2006/03/29 $_symbol_anchor ウェブ進化論は教科書としてではなく、議論の素材として読むべきだと思う> ▲&nb... [詳しくはこちら]

コメント

書籍とネットの連携も一つの特徴でしょうか。マルチメディア戦略というか。

技術系やアニメ・漫画では割と当たり前に使われてきましたけれど、この手の分野のものとしてはあまりうまく行った例は知らないのですが、今回、さすがにネットをよく知っておられ、実際に活動されている梅田望夫さんということと、題材の設定のうまさが、バイラルな効果を引き起こしていると感じます。

わりかし、古いタイプの著作者の方って、素人に突っ込まれるのを嫌っているタイプが多い気がします。それを、素人上等、トラックバック上等、コメント上等という立場で、つっこみどころを敢えてつぶさずに展開していくというのは、しかも、集団でなく個人で引き受けるというのは、かなりパワーがないと出来ないと思うわけですが、その為の一定の味方となりうる集団を事前のネット活動で形成できているということも大きいんでしょうね。

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