「ミカドの肖像」は、猪瀬 直樹氏のミカド三部作といわれる書籍の一冊目に当たる書籍です。
ミカド三部作の三冊目に当たる「欲望のメディア」が面白かったので、こちらも購入して読んでみました。
書評抜き読書メモを公開させて頂きます。
こちらの本でテーマとなっているのは文字通りミカド(天皇)、そして西武鉄道グループです。
天皇について私たちは何となく知っているつもりになっているのですが、実は知らないことが山ほどあることに驚かされます。
実は原宿に天皇専用駅舎があったり、プリンスホテルが文字通り皇太子とのつながりから名付けられていたり、そのプリンスホテルの敷地の多くが天皇家にゆかりの土地であったり。
そういうことを知ると、改めていろんなものが違った風に見えてくるから不思議な物です。
天皇について知っているつもりになっている人は、是非読んでみることをお勧めします。
【読者メモ】
■明治のはじめ、日本に鉄道技術を教えたイギリス人は、最初、このノウハウ(ダイヤ作り)だけは絶対に教えなかった。しかし、明治二十年代の終わりまでに、日本人独自の手で列車ダイヤを作成できるようになっていた。
■”お召の三原則
・ふつうの列車と並んで走ってはいけない
・追い抜かれてはいけない
・立体交差の際、上を他の列車が走ってはいけない
■十時コロコロ
「十時ジャストのことだけど、10:00発と時刻表で表示されていても、スジではこれは十時十五秒、三十秒、四十五秒とあるんです」
■すべてが中流であるなら、他人との区別がつかない。差異性を喪失した社会はアイデンティティの危機を招き、人々は消費活動のなかに、少しでも差異性を導入しようと試みる。ブランド商品の横行や、モノそれ自体とは別にモノに付随した情報を重視する考えも、そのひとつのあらわれであった。
■西武鉄道グループが所有している土地は、日本全国に四千五百万余坪、東京二十三区の四分の一に匹敵する。その土地の時価は、銀行筋の推計ではおよそ十二兆円である。
■戦後、急にオンナが強くなったのではなく、また、急にアメリカナイズされた風俗が蔓延したのでもない。1917年を起点とする二十年間の大衆社会の素地があったからである。
■昭和初期は「スピード時代、スポーツ時代、エロ(セックス)時代」
(美術史家 安藤更生)
■『オペレッタ・ミカド』の三つの特徴(森?外)
・中国風の名前に象徴される程度の浅薄な日本理解であること
・衣服や器物は日本品で、その部分は出鱈目ではないこと
・日本語が出てくるのは、わずか二カ所であること
■矢野が醜い下層の男女を恥じるとき、ロンドンの記者は「驚くほど美しい女たち」と器用な職人の腕さばきに見惚れていたのだった。西欧コンプレックスというものは、おうおうにして矢野のようなインテリをとおして輸入されてきた。そういう事実を前期のコントラストは示してはいまいか
■ルネサンス美術を育てたギリシャ・ローマの古典美術に匹敵する役割を日本美術が十九世紀後半の西欧美術に与えた、というのだ
■士農工商というランキングがタテマエになっていた日本では貨幣を卑しむ思想があり、汚いものを触るようにする習慣があった。いまでも、お釣りをキチンと数えようとしないのはそうしたタテマエが生き残っているせいである。
■日本人の伝統的儀式スタイルと思われていた万歳三唱も、「御真影」と同じように”輸入品”だったのである。
■『日本風景論』によって初めて、従来のあの山この山的なローカルな”地域”が日本一の標高を誇る富士山の下で”日本列島”として認識下で統合されようとしていた。
■風景美が成立する四条件
・日本には気候、海流の多変多様なること
・日本には水蒸気の多量なる事
・日本には火山岩の多々なる事
・日本には流水の浸蝕激烈なる事
■人間社会は個々人が共通に恩恵にあずかる象徴的生贄なしにやってはいけないのではないかという怖れ、これがバークの象徴論の核心に近い部分であり、かれはこれを人間行為の「究極的動機づけ」の中心部に相当すると述べている。
■明治天皇の実像だと信じていたものが、実はイタリア人の描いたものを写真にとったのだという事実が判明したときはちょっと驚きました(哲学者Nとの対話)
■日本人はカネ儲けよりも自分自身をさがすことのほうが緊急である、と僕は信じている
ミカドの肖像 (小学館文庫) 猪瀬 直樹 小学館 2005-03 by G-Tools |