「巨怪伝」は、読売中興の祖として知られる正力松太郎の人生をつづった書籍です。
いしたにさんがブログで紹介していたのを読んで気になっていたのもあり、購入してみました。
読書メモを書けてなかったので、書評抜き読書メモを公開させて頂きます。
竹鶴政孝や、吉田秀雄のストーリーも非常に刺激的だったのですが、正力松太郎のストーリーは正直予想を上回る衝撃でした。
なにしろ、正力松太郎はプロ野球の父であり、テレビ放送の父であり、原子力の父。さらにはJリーグの父でもあり、プロゴルフの火付け役でもあり、新聞業界にも大きな影響を与えた人物。
普通なら1つ1つのストーリーだけでも一冊の本になりそうなものなのに、それが一人の人物を中心に動いていたというのだから、すさまじい話です。
もちろん、これらの全ての偉業は正力松太郎一人の力ではなく、彼を取り囲む、もしくは巻き込まれた多くの努力や才能によって成し遂げられているわけですが、試行錯誤の末に造り上げられた「常識」だと思っていた業界構造が、一人の人間の執念によってかたどられた物だったと思うと、なんともいろいろと考えさせられるところがあります。
今の世の中や業界の常識が、論理的に正しく作られていると思い込んでいる人は、是非この本を読んで見ることをお勧めします。
【読者メモ】
■「それまでプロ野球は人気があるとはいえ、まだマイナーなスポーツだったんです。選手の社会的プレステージも低かった。それが、あの”天覧試合”で、一気にメジャーなスポーツになった。」
■「警察の民衆化」と「民衆の警察化」
「警察の民衆化」によって大量の増員を図った警察は、その一方で「民衆の警察化」を図って、一般民衆を警察のもとにとりこんでいった。
■正力という男は、他人のために働くような男ではなかった。もし正力が他人の意を体して働く陰謀家タイプだったら、後藤との”千古の美談”を自ら喧伝することはなかったはずである。正力はいわば”陽望家”ともいうべきタイプの男だった。
■政治家を志望した正力の直接の狙いは、恩人の後藤新平を総理大臣に押し上げるところにあった。それが読売新聞を伸ばすという方向に変わっていったのは、昭和四年、後藤が亡くなり、当面の目標を失ったためだった。
■正力氏の「大胆な、素人の知恵」が、新聞界において「読売」を今日の位置に引き上げた
■当時正力は「新聞の生命はグロチックと、エロテスクとセセーションだ」と胸をそらして語り、心ある人々から「正力という男は英語の使い方も知らないのか」と失笑を買ったが、正力の編集方針はその言葉通り、徹底した大衆迎合路線、もっと言えばイエローペーパーづくりにあった。
■今でこそラ・テ欄のない新聞はないが、この当時、ラジオ版の紙面をつくったのは読売だけだった。他の新聞社は、ラジオは近い将来、新聞の敵になるだろうとの予測から、ラジオ番組を紙面に載せることを一切御法度としていた。正力はそれを逆手にとった。
■水雷作戦
イベントをぶち上げればまず読者が興味をもつ。つづいてこれに協賛するスポンサーの広告も集まる。さらには興行自体の収入を見込むことができる。
■マスコミュニケーションによってしかお互いが結びつかない大衆社会において、メディアの支配者こそが、大衆の最大の偶像だった。
■正力は、自らアイディアを発案する人物というより、他人のアイディアから事業化のひらめきを触発され、人並み外れた実行力と人脈で、それを実現にもっていってしまった人物だった。正力はその意味で、たしかに大プロデューサーではあったが、クリエーターとしての想像力にはむしろひどく欠けていた。
■務台というのは、ああいう利口な人だから、新聞社というものは、編集を立てなかったらやっていけないということを、自分の長い経験で知っていた。だから、新聞社の社長というものは絶対編集出じゃなきゃいかん、営業出を社長にしちゃいけない、というそういう信念を持っておった人だからね。
(下巻)
■民放テレビが新聞資本の系列下におかれた現在のメディア状況の淵源には、公職追放解除とテレビ事業への執念を重ね合わせた正力の野心が横たわっていた。
■正力松太郎の残した遺産はたしかに巨大なものだった。日本発のプロ野球チームの読売巨人軍、日本発の民放テレビ局の日本テレビ、そのテレビによって独占中継され、いまなお根強い人気を持つプロレス、Jリーグの淵源をなす読売サッカークラブ、プロゴルフブームの火付け役となったカナダ・カップ、そして原発と、正力は、今日のわれわれの生活をとりかこむ大事業を、有能な”影武者”たちを生かし、そして殺して興してきた。
■正力は、たとえば反安保デモに出かけた大衆が、翌日、後楽園のナイターに熱狂する、一筋縄ではとれきれない存在だということを、恐らく誰よりも深く知っていた。
巨怪伝〈上〉―正力松太郎と影武者たちの一世紀 (文春文庫) 佐野 眞一 文藝春秋 2000-05 by G-Tools |