ソフトバンクというブランドの行く末

ソフトバンク、ブランド統一で社名変更を検討 – nikkeibp.jp – 企業・経営を読んで。

 いやぁ、そう来たかという感じです。


 社名変更って言うのはかなり衝撃のイベントですよね。

 でも、実は通信業界の歴史を振り返ってみると、社名変更とかブランド変更というのは案外頻繁に行われています。

 KDDIが提供する携帯電話ブランドのauは、昔IDOとDDIセルラーグループでしたし、そもそもKDDIもKDDとDDIの合併です。
 Vodafoneに至っては昔Jフォンでしたが、そのまた昔はデジタルホンでした。 
 NTTグループこそ、NTTブランドは変わっていませんが再編成で4社に分かれていますし、最近はNTTドコモは「ドコモ」ブランドとして知られていますよね。

 まぁ、NTTすらもともと電電公社だったわけで、日本の通信業界においてはブランドが10年も維持されれば、実はかなりベテランプレイヤーといえてしまうかもしれませんね。

 どの社名変更やブランド変更も、その度に「なぜ変更するんだ?」と批判の矢面に立たされてきたものですが、こうやって時間がたつと案外綺麗に忘れ去られてしまうから不思議なものです。
 ドコモという社名は決定当時酷評されたと聞いていますが、今や押しも押されぬトップブランドの一つですよね。

 そう考えるとソフトバンクグループにおいては、すでにソフトバンク、Yahoo!、Yahoo!BB、日本テレコム、C&W、さらにホークスという雑多なブランドが混ざり合った集合体になっており、ブランド統一にはちょうど良いタイミングなのかもしれません。
(もうあまり買収する相手も思いつきませんし)

 ただ、一般的な起業家は自分が作り上げたブランドの維持に強くこだわるものです。特に日本では「社名」というのは「家紋」に近いようなものですし。
 ソニーや松下、トヨタや日産などがブランドを維持してここまでやってきたのを考えると、もし「ソフトバンク」ブランドがなくなるとしたら非常に大きな出来事といえるでしょう。

 堀江さんは「エッジ」からライブドアを買収した後、自社の名前を買収先の社名に変えて話題を呼びましたが、今回孫さんがどういう決断を下すのか、そしてその決定は上手くいくのか。
 いまからちょっぴり楽しみです。

がんばれ田臥勇太

NBA.com 田臥勇太インタビュー「バースデイソング」を読んで。

 バスケットを知らない人にはあまり興味が無い話題かもしれませんが。


 一度でもバスケをやった人間からすると、日本人がNBAでプレーするというのはものすごいことです。

 よく田臥がメジャーリーグに挑戦した野茂やイチロー、セリエAに挑戦したカズや中田に比較されますが、個人的には今回の田臥の挑戦はチャレンジとしての格が違うと思っています。

 野茂や中田は、国内のプロリーグで実績を残していました。
 そもそも、野球は国技だし、サッカーもJリーグの誕生でレベルが大きく上がってます。
 もちろんレベルの差はあれど、その差はそれほど大きくは無いはずです。

 ところが、バスケはいまだに国内にプロリーグはありませんし、日本はオリンピックにすらまともに出ることができないレベルです。
 スラムダンクの世界では日本人もNBA並にスーパープレイを連発してますが、現実の日本のバスケのレベルはNBAには到底及ばないのが現実なのです。

 
 もちろん田臥は日本ではスーパースターでした。
 その田臥ですら、今でも控えの選手として残るのが精一杯という現実が、この日本と米国のレベルの差をあらわしています。

 ただ、だからこそ私は田臥の挑戦に興奮するんでしょう。

 平均身長2mを超えようかという超人たちの集まりの中で、はたして田臥は、日本人は、どこまでやれるのか?

 中田のようにセリエA初戦でいきなり2得点の大活躍とか、野茂のようなノーヒットノーランとか、イチローのような大記録更新とか、オールスター出場とか。
 それがNBAで田臥に無理なのはわかっているんだけど。

 それでも彼は多くの人に大きな感動と希望をくれています。
 今後もきっと、いろいろなものをもたらしてくれると信じています。

 そういう意味で、自分でも心がけたいと深く感じたのは下記の田臥の言葉

「僕のモットーじゃないですけど、こだわっているところは結果とかじゃなくて、過程。一日一日、自分の中で充実してやれるか――満足じゃなくて、充実させること。それなら、もし結果がダメでも、やってきたことが間違っていないと自分で思えるなら、後悔しないと思うし、後悔することだけが一番嫌いなんで、だから結果とかじゃなくて――。 」

 がんばれ、田臥。
 

日本でマス広告神話の崩壊はいつ始まる?

【波多野blog】 マス広告神話の崩壊を読んで。

 日経ビジネスで「もうCMは売れない-テレビ万能のウソ」という特集が組まれています。


 波多野さんのブログでは下記のようにコメントされています。

「顧客接点、いわゆるコンタクトポイントやタッチポイントについても述べられているが、これらの考え方と費用対効果などを突き詰めると、当然高額なマス広告への投入額は低くなる。とくに、効果測定の困難なイメージ広告などと比べると、ログやコンバージョンレートがわかるネット、ダイレクトマーケティングは広告主からすると理解しやすい。」

 広告主の側からすると、最近の流れは明らかにこの方向だと思います。
 GoogleのAdsenseのようなキーワード広告に代表されるように、ウェブ広告は広告を見た人の行動を最終的な細かいコンバージョンのレベルまで補足することができるので、費用対効果が実に明確です。

 それに対してテレビCMのようなマス広告は、費用が巨額の割に成果が非常に見えづらく、効果測定が困難です。

 AD Innovatorの織田さんがnikkeibp.jpで米国AD TECHのレポートをまとめていますが、このレポートの中でも「今までのマスメディア型の一方向のメッセージの伝達の時代は終わり、企業と消費者間、消費者同士での双方向のコミュニケーションが始まっている」というコメントや、「マスマーケティングは終わった。なぜならマスメディアは終わったからだ」という発言など、米国で脱マスメディアの流れが明らかになっているのが読み取れます。

 ただ個人的には、日本国内では、それほど肌でその変化を感じられていません。
 先週Eビジネス研究会で、@コスメで有名なアイスタイルの吉松社長の講演を聞いてきましたが、その中でも大手化粧品メーカーの広告戦略がいまだにマス中心で動いているという話が出てきました。
 
 先日「ハードディスクビデオと電通の未来 を読んで」にも書きましたが、電通の業績は好調ですし、広告代理店の方々も、結構強気な話をされる方が多いです。

 実際のところ、日本でマス広告崩壊のきっかけは本当に見え始めているんでしょうか?
 どうも素人には良く分かりません。
 
 まぁ結局、「シフト」が始まっているだけなら、全体として大きく変化して見えるまでには数年かかるという話かもしれませんね。
 

 ちなみに、将来の広告の流れを考える上で興味深い記事を二つ見つけたので、メモも兼ねて紹介しておきます。

 一つは、goodpicの「U2が無料で協力するiPodと、FireFoxの25万ドル寄付広告に見る「プロモーションの自由」」で書かれていた「情報の蓄積というだけでなく、実際の商品の購買行動においても「意見交換してみる価値がある」商品が、自然淘汰を生き残っていくのかも。」という視点。
 そもそも口コミ的なものが発生する商品かどうかという、商品自体の価値が重要という話。

 そして、H-Yamaguchi.netの「ゲームにおけるプロダクトプレースメント」で書かれていた「新たな媒体が生まれればそこに広告がつく。きわめて自然な流れだ。ゲームの場合、通常の映像コンテンツに比べてインタラクティブ性が強いため、これからさらに発展し、新たな手法が開発されるだろう。」という視点。
 利用者の視線や興味を拘束できるものであれば、何でも広告になりうるという話。

 こうやって考えれば考えるほど、テレビ広告を中心にマス広告を打てば何とかモノを売ることができたという時代は終わるんだなぁ・・・と思うのですが。

 はたしてテレビCMを中心に10億円投じて力技で知名度を上げようとしている9199.jpはどうなるのか、興味深々な今日この頃です。

法律と技術の矛盾とP2PネットラジオMercora

P2Pとネットラジオの融合–合法的音楽共有サービスの可能性 – CNET Japanを読んで。

 この記事に出てくるMercoraは、法律と技術の矛盾をついた実に興味深いサービスです。


 何しろ、Mercoraを使うと利用者全員のPCがラジオの放送局になってしまうわけです。しかも著作権料を支払っている実質公認サービス。

 放送する側としては利用者は曲を決めてオンデマンドで流すわけではないので「ラジオ扱い」なのですが、放送局が何百万にも増えれば、その分その瞬間に聞きたい曲を実質には「オンデマンド」で聞けるようになるというモデルになっています。

 Mercoraについては以前に私もコラムを書いたことがあるのですが、実はCNETの梅田さんに教えていただいたという経緯があります。
 その時に感じたのは、これを日本でやろうとしたらどうなるんだろう?という点。

 ちなみに、タイミングよく、先日P2P関連の勉強会で一橋大学大学院の福島さんの著作権に関する講演を聞いてきました。

 その講演では、P2Pファイル共有ソフトを巡る海外と日本の訴訟問題の違いなどを紹介してくれたのですが、その時に印象に残ったのが米国と日本の法律に対する考え方でした。

 米国を中心として欧米の場合は、違法と適法の線引きとなる考え方が実に明確のようです。
 その線を越えないように事前にプランを立てれば、裁判で負けるリスクもかなり低い。Napsterは最初の出来事だったため裁判で負けましたが、その後に出てきたほとんどのファイル共有ソフトはNapsterの敗訴理由を回避する形で適法の形を取ることができています。
 
 今回CNETの記事で紹介されているMercoraも、そういうコンセプトの土壌から出てきたものと感じます。
 もちろん、Mercoraもこれから訴訟にさらされるリスクはあるようですが、現時点での法律判断としては適法というものです。

 ではMercoraのようなサービスを日本で実施したらどうなるか?
 というと、それは非常にグレーでしょう。

 先日の講演を聴いても、結局、日本では違法と適法の線引き自体が非常にあいまいという印象を受けました。

 全米であれだけブームを巻き起こしているiTunesすら、いまだにサービスを開始することができていませんし。
 Winnyの開発者は、欧米で適法とみなされているものと類似の仕組みを取っているにもかかわらず逮捕されました。

 結局、日本の場合はあとから訴訟を受けるリスクを考えると、Mercoraのような法律と技術の矛盾をついたサービスは始めづらいということになりそうです。(そもそもJASRACに申請が通るのかどうかも不明ですし)
 
 Hotwiredの小倉弁護士のブログでも「汎用的なP2Pネットワークにおいて著作権侵害ファイルを排除するのは難しい(というか事実上不可能)」と、著作権付ファイル専用のP2Pネットワークの提案などをされています。

 本当、こんな感じでは音楽だけでなく、写真にしても動画にしても著作権がらみの新サービスは日本からは生まれそうにないなぁ・・・と思ってしまった今日この頃でした。

 どっちにしても海を越えてMercoraみたいなのを使えてしまうので、日本個別で法律論議をして無理矢理現状を維持しようとしても、事業環境自体が変わってしまうのは時間の問題のような気がするんですが・・・
 
 ちなみに、レコミュニが日本ではMercoraのような役割を果たすのかと期待していましたが・・・どうもK’s Diaryの記事なんかを見る限り、現状は厳しいようです。

 なかなか日本の音楽配信関連は難しいですね。

始まりも終わりも無いコミュニケーション

On Off and Beyond: AOLの涙を読んで。

 渡辺千賀さんのブログでEconomistのIT特集が取り上げられています。


 AOLのCD-ROMの話も面白いのですが、個人的に気になったのがVoIPについての記事。

電話のように「話し始め・話し終わり」が明快にあるものではなく、ambient communicationとなる、と。常時接続した状態で、話があると、ぱらぱらとテキストのインスタントメッセージのやり取りが始まり、ヒートアップしてくるとワイワイみんなで音声で話し合い、まただんだん静かになる。リアルなオフィスのような状態になるわけだ。

 ブロードバンドで常時接続が当然になると、現在のIMのような始まりも終わりも明確でない隣の席との雑談のようなコミュニケーションが、増えてくるようになるそうです。

 そういえばと思い出したのが、先日取り上げた松村さんの「脳を繋ぐテキストチャット、空間を繋ぐビデオチャット」という記事と、Skypeの初期に導入事例として書かれていたある人のブログ。

 その人は、誰もいないデータセンターに出かけて行って作業することが多い仕事なんだそうですが、それまではトラブルに遭遇したり分からないことが発生するたびにオフィスの同僚に携帯電話で電話をして聞いていたそうです。

 しかしSkypeを使うようになってからは、その同僚とつなぎっぱなし。
 データセンターだから回線状態も良好だし。
 無言で作業をお互い続けながら、質問があるたびに「ちょっといい?」とまるで隣にいるかのように作業を続けることができる、と喜んでいました。

 それを読んだときは「特殊な事例だなぁ」と思っていたのですが、今回のような記事を読むとそうでもなさそうです。
(ちなみに、昔Goodpicの金子さんが「Skypeは友達ルーター」という記事を書いていたのを思い出しました。ちょっと視点は違いますが、イメージは友達ルーターですね。)

 私は昔IT系のコンサルで、フリーアドレスのオフィスで働いていたことがあります。その会社では自分の席が決まっておらず、それどころか自宅作業もOK。
 ただ、もちろん打ち合わせがしたければ会社に出てこざるを得ないですし、そもそも自宅作業を本当にしているかもあいまいだったように記憶しています。

 こういう新しいコミュニケーション手段が増えてくると、ああいう働き方ももっと効率的に支援できそうです。
 先日書いたどこでも仕事ができる未来というのにもつながるのかもしれないなぁとぼんやり思いました。
 

 まぁ、個人的には渡辺千賀さんと同様、「そんなみんなにつながってる状態は鬱陶しいなぁ」と思いますが。

球団買収劇で得をしたのは・・・?

楽天のプロ野球参入が決定を読んで。

 近鉄とオリックスの合併に始まった野球界のドタバタ劇は、結局楽天が新規参入するという形で決着がつきましたね。


 あいかわらず球界自体では、ダイエーや西武のゴタゴタは続いているようですが。
 昔書いた記事を読みながら、結局今回のドタバタ劇で得をしたのは一体誰だったんだろうというのを振り返ってみました。

 まず、旧オーナー陣が得をしていないのは言うまでも無いでしょう。
 1リーグ構想も水泡に帰しましたし、1リーグ化に反対していたセリーグのオーナー陣もあまり良い印象を世間に与えませんでした。

 選手も得をしていません。
 球団数は維持されたので大幅なリストラは回避できましたが、今回パリーグの赤字額にスポットライトがあたったことで、選手の給与水準に疑問符がついたのは明らかですし、なによりシーズン中にストライキというひどい経験をしました。

 そもそも野球界全体があまり得をしていないように思います。
 野次馬としては面白いドタバタ劇を見せてもらいましたが、多くのファンとしては夢を裏切られた気分でしょう。
 そのあたりの話は、大西 宏のマーケティングエッセンスで詳しく分析されています。

 
 さて、では肝心の楽天とライブドアはどうか?
 無料PRによる「知名度」という意味で、両者が大きな得をしたのは間違いありません。
 いまや、楽天とライブドアは、知らない人がいないほどの有名なネット企業になりました。

 しかし長期的なブランディングという観点で見るとどうなんでしょう?

 確かに楽天は参入合戦には勝ちました。

 しかし、今回の楽天は東北宣言が後追いだったこともあり、楽天に対する仙台市民の視線は必ずしも暖かいものばかりではないようです。
(なんでも仙台市民にアンケートを取ったら多くの人がライブドアが良かったと言っていたとか)

 さらに、そこまでして得た球団ですが、果たして球団経営は楽天のブランドイメージにプラスの効果をもたらすのでしょうか?

 何でも初年度は楽天は年間で100敗してもおかしくないと言われています。
 (早速、最初の選手分配で不公平さが明確になりましたし)
 年間の赤字額も想定している程度では済まないのではという話もあります。
 弱小のパリーグ球団は、赤字額以上のブランド効果をあげてくれるのでしょうか?
 どうもそんな気がしません。

(ちなみにトヨタの奥田会長は、「これまで何回も(球団売却の)提案があったが、全国で事業展開する企業は、球団を持つとアンチファンの客が不買運動をする可能性がある。手を出さないのが1番いい。当社は手を出さない」とまで発言しています。まぁ弱小球団ならアンチファンはいないかもしれませんが・・・)

 nikkeibp.jpに掲載されている楽天消費動向研究所での田邊さんの記事によると、プロ野球参入記念セールは結構良い成果を残していそうですが、果たして今後セールをやれるようになるのはいつになるのか・・・

  
 じゃあライブドアのブランドはどうなったのかというと。

 つるの式「ライブドア・堀江社長の自己演出」によると、株価の面で見ると、実は投資家は堀江さんの露出の仕方にNoを突きつけています。

 その後、参入失敗が報じられてライブドアの株価は大幅に反発しましたが、まだ低い水準です。
 単純な知名度向上では、球団運営の赤字を埋めるほど本業に良い影響が出ないという判断でしょうか。 

 ベストジーニスト受賞なり、今回の参入劇での同情的な意見もあって、かなり好意的なファンは増えているようですが、斜めに見る人も増えました。
 
 もちろん堀江さんのTシャツ代ぐらいで、これだけの広告効果を上げられたのは大きいと思いますが、なんだか案外得してないんじゃないかなぁ・・・と思ってしまいます。

 そういう意味では唯一得をしたのは、急にプロ野球が地元にくることになった仙台の野球ファンぐらいでしょうか・・・
 まぁ数年たって振り返ってみないと結局分からない問題かもしれませんね・・・